6
無言で黒羽がうなずき、父の後に続く。二人で黒都の書斎に入ると、神妙な面持ちで黒都が話を切り出した。
「さっき、黒羽くんがいない時に陰峰の人が来られたよ。」
「……分家の人間か」
「黒羽くんは不在で、いつ戻るか分からないと伝えたら帰られたけれど。今日はパーティーをするし、待たれても困るからね。」
黒都の話を聞く黒羽の表情は、苦々しく曇っていた。陰峰本家が、祖父が、今すぐ戻って来いと言っている。これまでもそういった内容の手紙を送ってくる事は何度もあったが、とうとう訪ねて来るとは。「卒業したら戻る」という話は、どうやら向こうには通じていないらしい。
「恐らく近日中にまた来るだろうね。僕がいる時なら対応できるけど……」
「いい。俺が出る。どうせ俺が出るまでしつこく来んだろ。」
「僕も同席するよ。」
「いらねェ」
決して父の気遣いが嫌なわけではない。ただ、陰峰にとって父は既に
「…………あんたは天乃を頼む」
「もちろん、天乃ちゃんは僕の大事な娘だからね。何に変えても守るよ。けど、黒羽くん。君だって僕の大事な息子だ。子供の力になるのが親の役目で権利なんだから、僕にできる事はしたいんだよ。黒羽くんが一人で抱えるのを見てろなんて出来ない。」
どこか必死に話す父の顔をぼんやりと眺める黒羽。両親はもう十分助けてくれている。父は自分と天乃を陰峰から引き離してくれた。母は一人残って、時間を稼いでくれている。離婚までする必要なかったのに。思わず口に出してしまいそうになる言葉を、今まで何度も飲み込んで来た。
本来なら陰峰の次期当主は祖父の娘である母だ。黒羽が当主になるのは、母の後になる。にも関わらず、祖父、そして分家の人間は黒羽を次期当主にしようとしていた。
母、
だから当主には自分がなる。そして、今の陰峰を壊す。その為なら何でもする。本望だ。
「……俺はいい。天乃を頼む。」
それだけ言うと、黒羽は書斎を出て行く。息子の背中を眺めながら、黒都は最愛の妻と離婚した時の事を思い出していた。
『──私の事はいい。黒羽と天乃を頼む。』
ただ一人、陰峰に残ると言った妻。まだ幼い黒羽を祖父から引き離すため、黒羽が陰峰に取り込まれるまでの時間を延ばすため、自分が当主になると決めた彼女の意思は固かった。子供達をなるべく陰峰から遠ざけたいという彼女を尊重するために離婚までした。本当は離婚などしたくなかった。
(天羽さんと僕と、黒羽くんと天乃ちゃん。ただ家族四人で、どこにでもいる普通の家族みたいに暮らしたいだけなのに。)
自分でも力をつけようと会社を大きくしても、大して変わらなかった。子供達の自由を守る事が、こんなにも難しいなんて。
「……上手くいかないなぁ」
苦く笑う黒都の声だけが、書斎に小さく響いた。
一方で書斎を出た黒羽は、数秒だけ壁を見つめて考えていた。
(陰峰には戻る。必ずだ。けどその前に、神上隊として実績を積む。)
両親が何を考えているか、願っているかは知っている。けれど自分にだって考えが、願いがある。両親と妹があの家から解放される事こそ、黒羽の目的だ。陰峰を壊して初めて、あの日の復讐を果たせる。贖罪になる。
(いずれ陰峰の当主になる人間が、よりによって神上の下についてるなんて知ったらどうなンだろーなァ。)
昔から自分達の青燐こそ至上と考えている一族だ。忌み嫌う赤燐の下につくなど、屈辱的なはず。だからこそ黒羽は太陽が隊長になる事しか認めていない。他の誰かでは駄目なのだ。
(いい加減受かれよ太陽。てめェに期待してんだからよ……。)
短く息を吐き、リビングに向かう。友人達の元へ戻る頃には、何事も無かったかのような顔をして。
「おかえり黒羽ちゃん!」
「悪い。先に始めてた。」
「あ? 気にすんな。こいつの腹が我慢強くねェこたァ知ってる」
太陽が食べ物を口いっぱいに頬張ったと思えば、すぐさま胃に流し込む。その勢いが衰えることなく食事を続けられる原理は分からないが、本人が幸せそうなので誰も気にしない。
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