「陰峰!」



 休み時間の度に、これまで避けていたのが嘘かのように夏海は隣のクラスに出入りしていた。



「鍛錬の相手して!」



 そして机に突っ伏して寝ている黒羽を無理矢理起こす。初めの頃はこれでも遠慮がちだったが、黒羽があまりにも話を聞いてくれないため今ではこの有様だ。今日も黒羽の制服をグイグイ引っ張り、反応するまで耳元で叫ぶ。



「かーげーみーねー!!」


「るっせェししつけェ」



 やっと身体を起こした黒羽が、苛立たしげに夏海を睨む。この視線ももう慣れっこだ。




「鍛錬の相手」


「断る」


「なんで」


「メンドクセェ」



 お馴染みとなりつつあるやり取りを微笑ましく眺めながら、風華が「夏海、今日も頑張ってますね〜」と二人の後ろを通り過ぎる。



「あ、黒羽。次移動教室ですから遅れないでくださいね。」


「……チッ」



 面倒臭そうに黒羽が立ち上がり、夏海を押し退ける。



退けよ邪魔くせぇな」


「陰峰が良いって言うまで退かない。」


「うぜぇ……」



 顔をしかめ、立ちはだかる夏海の横をするりと抜けてしまう。



「あ!」


「二度とふざけた事吐かしてくんじゃねーぞ」



 呼び止めようとしたが、夏海ももう教室に戻らなければならない。仕方なく今は引き下がる事にしたが、時間はまだ沢山ある。この程度で諦める夏海ではない。


 翌日。



「陰峰! 鍛錬の相手!」


「断る」



 さらに翌日。



「陰峰! 鍛錬の──」


「断る」



 そのさらに翌日。



「陰峰!」


「断る」



 懲りずに黒羽の元へ行く夏海と、夏海の顔を見るなり拒否をする黒羽。太陽と灯太は、教室を出て行く夏海の後ろ姿を「今日も平和だなぁ」と呑気に眺めていた。



「なんか夏海頑張ってんなぁ。いつの間に黒羽ちゃんと仲良くなったんだ?」


「黒羽に修行つけてくれって頼んでる最中。」


「わお。黒羽ちゃんモテモテぇ! 大忙しじゃん」



 太陽が試験に落ちていなければ今一緒に訓練などしていないのだが、当の本人はそんな事微塵も考えていないらしい。そんな友人を灯太が横目でジロリと睨んでいる事を太陽は夢にも見ていない。



「……ところで太陽」


「ん?」



 太陽が灯太を振り返る。



「今週末って空いてたりするか?」


「今週末? 特になんも無いはず。なんかあった?」


「黒羽の家で夏海の歓迎会をやろうと思ってな。」



 これまでの黒羽と夏海の関係を見ていれば、とても黒羽が夏海の歓迎会を自宅で開いてくれるとは思えない。太陽にそう指摘されないか内心ヒヤヒヤしつつも、さも当然のように灯太が言う。



「歓迎会! いいな! 大賛成だぜ!」



 太陽は黒羽と夏海が顔を合わせる度に言い争う姿を忘れているらしい。キラキラと顔を輝かせて賛成してきた。



「決まりだな。遅刻すんなよ。」



 ホッと胸を撫で下ろす灯太。当日の主役を誘い出す事には成功した。あとは誕生日会までうっかり口を滑らせないよう気をつけるだけだ。



「歓迎会かー。楽しみだな!」



 既にわくわくしている太陽。灯太はこれ以上は余計な事を言わないためにも「そうだな」とだけ返しておいた。






 太陽の誕生日当日。夏海が待ち合わせ場所に着くと、まだ灯太と風華しか来ていなかった。



「あれ? 太陽と陰峰は?」


「遅刻。太陽には俺らの集合時間より三十分前倒しの時間伝えたんだけどな。」


「いつもの事ですよ。それを見越して黒羽も遅刻してます。」



 遅れている二人に対して怒りを見せない灯太と風華を大人だと思うと同時に、気の毒になってしまう夏海。



「チッ、やっぱあいつが最後かよ」



 燦々と照りつける日差しに眩しそうに目を細めながら、黒羽がだらだらと歩いて来た。



「灯太くんも風華ちゃんもちゃんと時間通りに来てるんだから、陰峰も早く来なさいよ。」


「うるせェ。俺が来ようが太陽がいねぇんじゃ変わんねェだろ」



 それもそうだが、そういう問題では無い。約束には時間通りに来るべきだ。


 黒羽が到着してからさらに十分程経過したところで、ようやく太陽が姿を現した。



「おっはよー」


「テメェ遅せェんだよ」


「陰峰もさっき来たばっかりじゃん」



 全員集まって早々騒がしい。放っておけばそのまま言い争いと雑談が始まりそうだと考え、灯太が口を挟んだ。



「行くぞ。黒都さん達待たせてるだろ。」



 黒羽の家に向かうというのに、なぜか先頭を歩く太陽。その後ろに灯太と夏海が続き、本来ならば案内をする立場の黒羽は風華とスマホを見せ合いながら何か話している。



「ねぇ、あれいいの?」



 自分達の後ろを指して、夏海が灯太に尋ねた。



「黒羽の家なら俺も太陽も知ってるからな。心配ない。」


「それもだけど、風華ちゃんは灯太くんの彼女なのに」



 夏海の質問の意図を理解した灯太が、そういう事かとうなずいた。いくら友人間とはいえ、彼氏がいる前で親しげに話すのはどうなのかと夏海が訝しんでいる。



「あの二人はお互いの弟と妹の自慢し合ってるんだよ。話の輪に入ったら延々と両方の話聞かされるんだ。長いから関わらない方がいい。」


「そうだったんだ」



 耳を立てて二人の会話を聞いてみれば、この前うちの弟がこういう事をしていた、俺の妹がこうだった、などそんな話ばかり聞こえてくる。傍から聞いている分には平和な会話も、たしかに聞き役に回れば長そうだ。



「太陽、道間違えんなよ。」


「大丈夫だって! 黒羽ちゃん家に何回行ったと思ってる!」



 自信満々に笑う太陽。もし道を間違えたとしても、灯太がいるから問題無い。というより黒羽本人が案内をするべきだ。


 なぜなら、今日の主役は太陽なのだから。主役に道案内をさせている時点で違う。

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