訓練の見学に行くことは太陽と黒羽には伝えていない。そのため、彼らがどの訓練室を使用しているか自分達で探さなければならない。休憩スペースから中の様子を確認しながら、灯太、風華、夏海の三人は廊下を歩いていた。



「一番奥みたいですね。バレないように近づいてみましょう。」



 別にバレても構わないと思うが、風華は口元に人差し指を当て、そっと近づいて行く。



「わ、やってますよ! こっちに来てください!」



 風華に手招かれて、夏海は小走りで彼女の隣に近寄った。そっと中の様子を覗いてみる。



「……うわ」



 お互いの燐が弾け、赤い光と青い光が何度も飛び散る。大剣を軽々と振りつつも素早く動く姿は、普段の大雑把な太陽からは想像もつかない。そして黒羽だ。あれだけ気だるそうな雰囲気を滲ませているのが嘘のように動き回る。全ての動きに無駄がなく、その立ち回りに思わず夏海は見入ってしまう。


 灯太と風華が言っていた言葉にも今ならうなずける。黒羽に教えてもらえれば、自分の課題と改善点を山ほど見つけられそうだ。



「太陽がちゃんと動けててよかった。防戦一方にはなってないみたいだな。」



 二人の後ろから中を眺めながら、灯太がホッと胸を撫で下ろす。


 太陽は訓練初日よりもかなり黒羽の動きについていけるようになっていた。回避しつつ隙を見つけて大剣を振るう。しかし一歩油断すれば、逆に隙を突かれてしまう。先の行動を読む力は、やはり黒羽の方が上だ。太陽が自分の速度について来れるようになっても尚、動きに余裕が見られる。



「おい、このセットで中断すんぞ」


「なんでよ!」


「客が来たぜ」


「客ぅ?」



 黒羽に言われ、太陽が休憩スペースの方を向く。しかし今は対戦中だ。この好機を逃すほど黒羽は優しくない。



「よそ見してんなド阿呆」


「ぎゃっ!」



 短刀の切っ先が掠め、太陽の前髪がパラパラ舞う。ここで丁度十分が経過した事を告げるタイマーが鳴り響き、二人が戦闘をやめた。



「優しさの欠片もねーぞ黒羽ちゃん!」


「対戦中によそ見する方が悪ぃだろ……。んで、あいつら何しに来たんだ。」


「さぁ! 遊びに来たんじゃね?」



 すたこらと出入り口に太陽が駆け寄り、扉を開ける。



「灯太! どうしたん?」


「悪い、邪魔するつもりはなかった。」



 太陽がそのまま廊下に出て、その後ろで扉が閉まった。



「夏海の実戦用カセットがまだ届かなくてさ。戦闘スタイルが黒羽と似てるから、この間に見ておこうと思って。」



「なるほどな。それで皆さんお揃いで。」



 ふむふむと顎に手を当ててうなずく太陽。わざわざ出てきてくれたのはありがたいが。



「ところで太陽、扉閉まってますけど大丈夫ですか? 中戻れます?」


「え? 扉?」



 風華に指摘され、振り返った太陽が「あ!!」と声をあげる。慌てて休憩スペースまで走り、中にいる黒羽にブンブンと手を振った。



「黒羽ちゃん開けて!! 俺パスワード分かんない!!」



 叫んだ所で訓練室内に声は届かないのだが……太陽の身振り手振りで意図を察したか、それとも太陽が訓練室を出た時点で予想していたのか。黒羽が内側から扉を開いた。



「馬鹿だろ」



 開口一番、真顔で率直な言葉を放つ黒羽。全員で訓練室の中に入り、休憩スペースのベンチに座った。



「訓練はどうだ? 次で受かりそうか?」


「おうよ! 黒羽ちゃんにしごかれてんでね、次は絶対生存率ひゃくぱーっしょ!」


「うん。あんまり信用できない。」



 自信満々に宣言した太陽を灯太がばっさりと切る。実際、次で受からなければ他の策を考えるしかないため、受かって欲しいのは山々だ。自信が無いよりはあった方が良いのを分かっていつつ、太陽が言うとどうにも信用しきれない。


 そんな太陽の進歩について灯太達が話す横で、夏海は一人上の空でベンチに腰掛けていた。先程の太陽と黒羽の対戦が、今も目に焼き付いている。



(嫌味な奴だけど、凄かったな……。)



 夏海自身、腕力よりも速さを得意としているからこそ分かる。黒羽が荷物だなんだと言ってくるのを、悔しいが納得してしまっていた。



(実際、この中で一番遅れてるのはあたしだ……。早く正規隊員になって、皆に追いつかないと太陽の役に立てない……。)



 少しでも早く四人と同じ場所に立つには、試験に一度目で受からなければならない。それでも全然足りない。ならばどうすればいいか。


 人に教わる事が何よりも近道で確実だ。その道に詳しい相手に聞けば、尚更。訓練以外で上官から教わった事のない夏海ならば余計に、誰かから教わらなければ分からない事が沢山ある。では、誰を頼ればいいのか。


 灯太と風華は丁寧に教えてくれる。夏海の速度に合わせて、多少強引な所はあれど無理の無い範囲で訓練をする。



(二人とも優しいから、やりたくない、とかそういうのは無いけどそれじゃいつまで経っても追いつけないんだ。)



 無理を、しなければ。夏海が追いつこうとしている間にきっと彼らはさらに先へ進む。それならば自分は彼らの倍進むしかない。

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