集中している間にあっという間に五分が過ぎてしまった。結局機械を攻撃した回数に対し、撃破数は“2”の表示。被弾数はゼロに抑えられたものの、夏海がガックリと肩を落とす。



「五分でこれだけ……」


「夏海、あまり気を落とさないでください。まだ一台だけですし、夏海はよく動けてますよ。」


「ほんと?」



 風華の励ましに夏海が顔をあげる。しかし励ましだと思ったのも束の間、風華が笑顔で追加の機械を持って来た。その数四台。今使っていた物と合わせると五台になる。



「これでウォーミングアップは済みましたよね! 次は五台で五分にしてみましょう!」


「あ、え、」


「ゲーム感覚で大丈夫ですよ夏海! いつもの訓練だと思って! ほら、行きますよ!」



 体力はまだ十分にあるとはいえ、急に難易度が五倍に上がるのは夏海も狼狽える。だが風華のきらきらした笑顔を見ては、とても断れない。助けを求めて灯太を見るが。



「まぁ、来月の試験で合格を目指すなら初日でこれくらいはした方がいいな。」



 などと真剣な表情で言うものだから、夏海の選択肢は一つだった。






 練習を始めてから一時間が経過しそうなところで、休憩に入る三人。



「疲れたぁ〜! こんなに動いたの初めてかも」


「お疲れ様です。夏海何飲みますか?」



 ベンチに座り込む夏海に、自販機の前に立つ風華が尋ねる。



「スポーツドリンクにする!」


「分かりました。」



 風華から受け取ったスポーツドリンクを喉に流し込む。



「ふあぁ〜生き返る〜」


「夏海の太刀筋は鋭くていいな。動きも悪くない。これなら、来月の試験は大丈夫じゃないか?」


「ほんとに!? 結構被弾してたけど」



 何回かゴムボールをまともに食らったせいで、今も腕や足など数ヶ所がじんじんと痛んでいる。



「回避の精度を上げていきましょう。時間がある時に太陽と黒羽の対戦を見に行きますか?」


「え、なんでアイツの名前が出てくるの」



 どうして回避の制度を上げるのに苦手な人間を見に行く必要があるのか。納得いかない夏海に、灯太がその訳を説明した。



「夏海のスタイルは多分黒羽に近いんだ。黒羽はスピードだけなら日ノ出街トップだし、回避率上げるのに見ておくとイメージしやすいと思う。」


「スタイル近いって、あんまり嬉しくないかも……」



 とはいえ太陽がいるなら、見に行きたいとは思う。



「黒羽と訓練するわけじゃないから、大丈夫ですよ夏海。」


「そっか……じゃあ、見てみようかな。」



 あんなに偉そうな人間がどんな戦い方をするのか、多少は気になるところだ。夏海の事を「お荷物」だの言うあたり、さぞかし強いのだろうと夏海は考えた。これで太陽よりも大した事なかったら言い返してやろう、と密かに企む。



「決まりだな。カセット提出した時に見に行くか。二人にも話を通しとくよ。」


「えっ、待って。陰峰に言ったら『来んな』とか言いそうだから言わないどいて。」


「ああ……黒羽なら有り得るな。分かった。言わずに行こう。」


「そうですね。こっそり行って驚かせましょう!」



 体力も回復したからと、再び訓練に戻る夏海。心做しか先程よりもやる気が出てきた気がする。






 灯太達三人を見送った後のラウンジで、太陽は未だに心ゆくまま腹を満たしていた。



「なんか食ってねェと落ち着かねぇのか?」


「腹がな! 遅いぜ黒羽ちゃん!」



 ようやくラウンジに顔を出した黒羽に太陽が大きく手を振る。



「天乃ちゃん元気?」


「相変わらず。訓練室は?」


「まだ!」


「だと思って第五押さえといたぜ」



 食べ物を胃に流し込んだ太陽が勢いよく立ち上がる。



「サンキュー! さっすが黒羽ちゃん有能シゴデキ頼りになる!」


「その呼び方ヤメロ」



 ようやく二人も訓練室へと向かう。黒羽が扉を開け、中に入るなり太陽が鞄を隅に置いた。休憩スペースを活用する気は無いらしい。時間が惜しいとばかりに、腰のベルトからカセットを構える。



「準備体操はやりながらで十分。初っ端っから手合わせしてくれ」


「いいぜェ」



 気だるそうだが、好戦的に黒羽が答える。両手に握ったカセットから青く輝く短刀が出現し、同時に太陽もあの大きな刀を発現させた。


 開始の合図も無しに両者が動いた。まず踏み込んだのは黒羽。開始早々遠慮なく陰峰固有の燐廻術りんかいじゅつを使う。



「──蒼影そうえい──」


「うおっ、あぶねっ」



 短刀の刀身が鞭のように伸び、太陽の脇腹を凪ぐ。それを寸前で避ける太陽だが、その間に黒羽は間合いを詰めていた。



「遅せェ」


「無茶言うぜ!」


「──月華燐光げっかりんこう──」



 黒羽の鋭い突きを、刀身で受け止める。燐同士が接触し、バチバチと激しい音が爆ぜた。黒羽が持つもう一方の刀が弧を描いた事で、太陽が距離を取る。完全に後手に回って焦り笑いを浮かべる太陽を、黒羽が挑発的に見返した。



「反撃は?」


「今考え中!」


「なら、まだ俺の番だよなァ?」



 黒羽が踏み込み、一瞬で距離を詰める。雷光のような速さは、さすが陰峰の血筋。だが陰峰の燐は速さだけが取り柄ではない。



「──蒼影そうえい破蛇はじゃ──」



 太陽の大剣に防がれたはずの刃が、蛇のようにうねり襲いかかる。この自在に伸びる燐こそ、陰峰の本領。普通、燐光刀には短剣や刀等形が決まっており、使用者の意思でその形を変える事はできない。しかし陰峰の青燐だけは別だ。どのカセットを使おうと、その刀身を自由に変える事ができる。



「おわっ」



 これもまたギリギリの所で太陽が躱す。完全に黒羽に弄ばれているが、元々回避訓練をしたくて黒羽に頼んだのだ。一応、望みは叶っている。



「ちょい! 俺燐火大輪十八番封印してんだから黒羽ちゃんも蒼影十八番使うなよ!」


「隊長志望が手加減しろだァ? まだ喋る余裕あんだろが」



 容赦なく短刀を振るう太陽。完全に防戦を強いられる太陽だが、陰峰のスピードに喰らいついているだけでも申し分ない。

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