第二訓練室の扉に風華が四桁の数字を入力する。カードキー等はなく、借用申請をした際に登録した個人のデバイスに送られてくる数字が鍵となる。支部長や副支部長に限っては指紋登録されているのでいつでも自由に出入り可能だ。



「試験について太陽からある程度聞いたか?」



 休憩スペースに荷物を起きながら、灯太が夏海に尋ねる。



「ざっくりね。詳しい事はまだ分からないけど、的の攻撃避けながら的を攻撃すればいいんだよね?」


「そんな感じです。細かい所は、やりながら私や灯太が教えますね。」


「うん、ありがとう!」


「じゃあ早速始めようか。」



 灯太の言葉に風華と夏海がうなずく。


 予め借りてきていたのだろうか、訓練室の一角に風華が自分の腰丈くらいの機械を置いた。



「夏海、これが実際に試験で使用する的です。」


「訓練で使うのと一緒だ。」


「そうです。使い方もほとんど同じですよ。ただ、試験用の的はランプが付いていて、撃破判定になるとこのランプが赤く光ります。」



 風華が機械の上部に付いているランプを指す。夏海や訓練生が普段使用している物には、このランプは付いていない。



「じゃあ、ランプが付けばOKなんだ。」


「ああ。あとは、いかにボールに当たらないかだな。撃破数は多少悪くてもそこまで合否に響かないが、生存率は違う。どれだけ多く撃破できたとしても、生存率が80%を切れば不合格だ。」



 不合格。その言葉に夏海が身体を硬くする。そんな彼女を見て、風華がふふ、と柔らかい笑みを零した。



「大丈夫ですよ。正認試験は一番簡単な試験ですから。その簡単な試験とほぼ同じで生存率だけがちょっとハードル高い試験に十六回も落ちてる人もいるので、そんなに心配いりませんよ。」


「うん。風華それフォローになってないからな。見ろよ夏海の顔。」



 さぁっと青ざめた顔で慌てている夏海を親指で示す灯太。十六回も落ちている人がいるのに、自分は一回で受かれる気がしない。



「そ、そんな人もいるの……」


「ああ。神上太陽っていうんだ。」


「え、太陽!? 太陽そんなに落ちてるの!?」



 まさか自分の知っている人だったとは。あの底抜けに明るい性格を見ていると、十六回も試験に落ちているとは思えない。



「太陽が落ちてるのは隊長認定試験だけどな。まあ、正認試験も五回落ちてる。」


「あ、そうなんだ」



 太陽が何度も落ちていると聞いたら、なんだか安心してきた。



「とりあえず、実戦用のカセットを使うところからだな。夏海はどのタイプ?」



 夏海が、腰のベルトからカセットを二つ出した。



「私は短剣を二つ使うのが戦いやすいかな。こんな感じ。」



 途端に夏海の手で青く光る燐光刀。短く丸みを帯びた刀身は、近接戦に向いている。


 夏海の燐光刀を見た灯太と風華が、「あー……」と微妙な反応を見せた。そんな反応を見せられては、夏海も不安になる。



「な、何、これじゃダメかな?」


「いや、駄目だとかそういうのじゃなくて……」



 言い淀む灯太。隣で風華も、何と言おうか言葉を選んでいる。



「ええと、実は、短刀や短剣の扱いについて私達より秀でてる人がいるんですけど……」


「そうなの? じゃあ、その人に教えてもらったら、絶対合格できるかな?」



 目をキラキラと輝かせる夏海に、二人は「うん……」とうなずく。



「その人って誰? 先輩とか?」


「同い年だよ。けど、まぁ、なんていうか」



 言いにくそうな灯太を、風華が「早く言え」とばかりに肘で小突く。



「同い年なんだ!」


「うん、そう。……陰峰黒羽って言うんだけど。」



 その名前を聞いた途端、夏海の動きと表情がピタリと止まった。



「陰峰? いい。いい。教えてもらわなくて。」



 ブンブンと手を振って拒否する夏海。聞かずとも分かる。どうせ「教えるわけねーだろ」と言われるのだ。余計な一言二言と共に。



「アイツより二人に教えてもらった方がいいし!」


「そう言うと思った。試験対策なら俺と風華でも教えられるから、安心して任せてくれ。けどまぁ、実際黒羽は強いし、俺たちじゃ物足りなくなったら頼る事も考えてみてはほしい、かな。」


「わ、分かった。」



 黒羽を頼る日など来てほしくないが。そう思いつつも、夏海はうなずいた。



「もう実戦用の短剣カセット手配の申請あげとくな。明日あたり、今使ってる物を提出することになるだろうから、今日のうちにできるだけ進めようか。」


「そうですね。じゃあ、最初は五分で始めてみましょうか。」



 風華が機械の電源を入れる。



「ゴムボールは斬っても大丈夫ですよ。もう廃棄品なので、どの道捨てますから。準備はいいですか?」


「いつでも!」



 灯太が時間計測を開始するとともに、機械のセンサーが夏海を認識しゴムボール弾を放つ。



(うん。一台だけなら、訓練の時より簡単だし、余裕だ。)



 燐による身体能力の向上のおかげで、自分に向かって飛んでくるゴムボールを避けるのは容易い。次々と交わしながら機械に近づき、まずは一撃。


 ガキィンッと鈍い音が響くが、ランプは点灯しない。



(一発じゃ撃破にはならない……。次で仕留める……!)



 しかし二発目を繰り出す前に、ゴムボールが夏海を狙う。仕方なくここは退避し、体制を立て直す。

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