「黒羽は太陽のこと思いっきりシバいてくれよ。」


「お荷物任されるよかよっぽどマシだぜ」



 足を組んで気だるそうに座る黒羽が、これまた気だるそうに言う。「お荷物」が何を指しているのか察した夏海が、再び黒羽に食ってかかった。



「はぁ? あたしに喧嘩売ってる?」


「誰が格下相手に喧嘩売んだよ」


「なんですって!?」



 また言い争いを始めた二人を、灯太が微妙な表情で眺めている。



「なんですぐこうなんの?」


「仲良いならいんじゃね?」


「「どこが?」」


「ごめんなさい」



 太陽はパンの袋を開きながらただ灯太に言葉を返しただけだというのに、言い争う両者から即座に睨まれてしまった。






 学校生活の長い一日も終わり、鼻歌混じりに鞄を担いだ太陽が灯太を振り返る。



「今日はそのまま支部行く? 風華とデート行く?」


「風華とデート。」


「じゃ、先行ってるわ。遅れんなよとーたクン。」


「どの口が。」



 全くもって灯太の言う通りだ。今朝の事を棚に上げてもらっては困る。



「夏海ぃ、どーするー? 支部行くなら一緒に行こーぜ!」



 太陽がそのよく通る声で夏海を呼べば、夏海は勢いよくうなずいた。



「あ、うん! 一緒に行く!」



 まだ学活が終わらない風華を待つため教室に残る灯太とはそこで別れ、太陽と夏海は二人で学校を出る。



「あ、ねぇ。アイツは?」


「あいつ?」



 首を傾げた太陽から、夏海が言いにくそうに視線を逸らす。灯太と風華の他にもう一人。そっちは待たなくていいのか、一応気になる。



「うん……アイツ……えっと、陰峰」


「あ〜〜、黒羽ちゃんね。黒羽ちゃんは妹ちゃんのお迎え」


「へぇ、妹。えっ、妹!? アイツに妹!? いたの!?」



 立ち止まって、夏海が思い切り叫ぶ。その反応を見て、太陽が爆笑する。確かに、あの仏頂面の親友が妹を迎えに行く姿は想像するのが難しいかもしれない。



「いるいる!! 十個下の妹ちゃん!」



 笑いながら言う太陽を唖然としながら見つめる夏海。



(あの嫌味男が妹の迎えとか想像できない……。)



 なんて本人の前で口に出せば、また言い合いになる事は簡単に想像できるのに。


 日ノ出街支部のエントランスに入り、そのまま太陽と夏海は二階のラウンジに向かった。ミーティングがあった昨日と比べると、利用している人は少ない。



「黒羽も灯太達もしばらく来ないだろうから、時間あるし試験の内容教えるぜ!」


「ありがと」



(太陽って明るくて優しいし話しやすいし、あたしの事気にかけてくれるからいいなぁ。どっかの誰かと違って、嫌味とか言ってこないし。)



 祖父母の家があるとはいえ、日ノ出街に来るのは不安だった。住み慣れた土地と慣れ親しんだ友と別れ、知らない人ばかりの所へ行くと考えただけで胃が痛んだ。そんな夏海が今安心して過ごせるのは、間違いなく太陽のおかげだ。


 あの時声をかけたのがこの人でよかったと、心の底から思う。


 太陽は、本物の太陽みたいに明るくて温かい。



「俺説明下手だからあんま分かんないかもだけど、正規隊員認定試験は制限時間があって」



 身振り手振りを交えながら太陽が話す。



「簡単に言うと十分間の耐久戦!」


「耐久戦。」



 夏海はいまいちピンと来ない。



「んっと、試験中に動く的がいっぱい出てくるから、それをバンバン攻撃する!」



 パンチを出す真似をする太陽。何となく夏海にも試験の内容が見えてきた。



「なるほど……」


「あと的から攻撃……って言ってもただのゴムボールなんだけど、それに当たんないように避ける!」



 今度は何かを避けるように身体を素早く揺らす太陽。あまりに大きく動くものだから、夏海はだんだん話の内容よりそっちの方が気になってくる。



「被弾すると生存率下がるから、あんま当たんないようにな!」


「なんとなく分かった。」


「生存率と撃破数で合否決まるから、ボール避けながら的攻撃すればOK!」



 聞くだけならば簡単そうだが、実際にやってみるとなると難しそうだ。



「できるかなぁ」 


「そのために私と灯太が訓練しますから、大丈夫ですよ。」



 夏海が座っている椅子の背もたれに、風華が手をかけた。どうやらデートを終えたらしい二人が、いつの間にかラウンジに来ていた。



「あれ、デート早くね?」



 太陽が灯太を見上げる。当然、もっと遅くなるものと思っていた。



「ここに来るまでに軽く寄り道したくらいだからな。風華は早く夏海と訓練始めたいからって張り切ってるし。」


「おお、頼りになるぜ。」



 椅子には座らず、立ったまま灯太が話を続ける。



「黒羽は?」


「まだ! 天乃あまのちゃんのお迎え! 黒羽パパ今日仕事忙しいんだな。」


「そりゃ社長だからな。じゃあ、こっちは先に始めるぞ。」


「おう! 俺黒羽ちゃん待ってる。」



 言うが早いか、太陽が鞄から菓子類を出し始めた。もう灯太も何も言わない。



「夏海、第二訓練室を借りたので案内しますね。」


「うん! 太陽またね!」


「いってら! お気をつけて!」



 黒羽を待つ太陽を一人ラウンジに残し、三人は第二訓練室へと向かう。訓練室は七箇所あり、全てが一階と二階を吹き抜けにした広い空間だ。二階の渡り廊下は壁に大きな窓を嵌め込んでいるため、訓練室内の様子を見る事ができる。


 またそれぞれの訓練室には休憩スペースがあり、ガラス張りで廊下に面していることから一階からでも使用状況等を確認できる。訓練室がオープンな空間となっているのは、防音性が高い造り故に、中で何か問題が起きた際に気づくのが遅れるのを防ぐためだ。もちろんカメラも幾つか設置されているが、見えている方が色々と便利だ。


 特に上官の訓練の様子を見学できるのは、訓練生や駆け出しの学徒隊員にとっては大きい。

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