相性の悪い二人

 日ノ出街の中心部に建つ、白いコンクリートが眩しい建物。日ノ出街に二つある学校のうちの一つ、日ノ出街第一教育学校の中等科。3-Aの教室は朝からざわついていた。



「今日のホームルームでは転入生を紹介します。」



 恐らく窓際に出現した空席で生徒の多くが予想したのだろう、太陽が教室に来た時には既にその話題でもちきりだった。



「なぁ灯太、転入生って夏海の事じゃね?」



 太陽が後ろの席の灯太を振り返る。



「夏海で間違いないと思うが……お前靴どうした」



 太陽が履いているのは、学校指定の内履きではなく彼の愛用のハイカットスニーカー。



「ああ、いーのいーの。」


「よくねぇだろ。珍しくホームルームに間に合ってると思ったら、お前また窓から入って来たろ。」



 毎日のように学校に遅刻している太陽は、どうしてもホームルームに間に合わないと玄関ではなく、鍵が開いている窓から校舎に侵入する事が多々あった。



「だって遅刻がバレると母ちゃんに怒られるし──あ、やっぱり夏海だ!」



 教室に入って来た夏海を見て、太陽が手を振る。そんな太陽に気づいて、夏海の表情が緩んだ。知っている顔がいるからか、昨日のミーティングの時よりも堂々と生徒の前で話している。



「──ではこれでホームルームを終わります。神上くんは昼休みに職員室へ来るように」


「えっ、なんで!?」



 頬杖をついていた太陽が、慌てて顔を上げる。そんな太陽の顔を、担任教師が冷静に見返した。



「特別教室棟の二階の窓から侵入していたと報告があるからです。」


「うわっ、見られてたのかよ〜!!」


「バレてんじゃねーか」



 灯太には突っ込まれ、教室中で笑いが起きる。



「一限までに靴を履き替えてくださいね神上くん。」


「はあい」



 担任教師が教室を出て行くと、途端に室内は騒がしくなった。一限の授業の準備をする者、友達の所へ遊びに行く者。大半は、転入生の夏海に好奇の視線を向けている。



「太陽、靴履き替えてこいよ」


「体育ん時! 体育ん時替える!」


「それまでそのままかよ」



 クラスメイトに揶揄われながらも、太陽は夏海の元へ近づき勝手に隣の席を拝借する。



「夏海! 同じクラスだな!」


「うん。太陽と灯太くんと同じクラスでよかったぁ。風華ちゃんと違うのは残念だけど」



 知り合いがいて安心しているのか、にこにこしながら夏海が話す。そんな二人の所に、授業の準備を終えた灯太もやって来た。



「風華と黒羽は隣のクラスだぞ。」


「げ……ほんとにこのクラスで良かった」



 黒羽の名前を聞いた夏海が、嫌そうに顔をしかめる。初対面があれではそんな表情になるのも仕方ない。



「卒業まで半年くらいしかないけど、よろしくな。」


「うん!」



 夏海と挨拶を交わした灯太が、太陽を見る。



「お前も早く一限の準備しろよ。」


「一限何?」


「数学。」



 一瞬きょとんとした太陽が、勢いよく席を立った。



「数学!? 今日数学あんの!?」


「いい加減家で時間割見ろよ」



 呆れる灯太を横目に、太陽が自分の隣の席の生徒に向かって叫ぶ。



「志田ちゃ〜ん! 黒羽が教科書貸してくんなかったら見してくれ〜!!」


「おっけー」


「早く借りに行けよ」



 灯太の言う通りだ。慌てて教室を出て行く太陽を見送る灯太と夏海。どうしてこうも朝から騒がしいのだろうか。



「夏海は大丈夫か?」


「う、うん。初日だから忘れ物してないか何回も確認したし、大丈夫だと思う。」


「そうか。太陽にもそうするように教えてやってくれよ。いつもこうなんだ。」



 困ったように灯太が頭を掻くのと、無事黒羽から教科書を借りた太陽が笑顔で戻って来るのが同時だった。






「あ? このチビこの学校だったのかよ」



 一緒に昼食を食べるため、黒羽と風華のいる3-Bの教室に来た太陽ら三人。夏海を見るなり、黒羽がそう零した。



「転入生の話は他クラスのホームルームでもしてるだろ。」


「黒羽は寝てましたから。」



 にこやかに理由を話した風華に、灯太が「ああ……」と納得とも呆れともつかない声を出した。



「自分が話聞いてないだけなのにエラソーにしないでよね!」


「んだとチビテメェ」


「そっちこそ別に背高くないくせに!!」



 顔を合わせて早々に黒羽と夏海が言い争う横で、風華はまるで何事も起きていないかのように話を始めた。



「それで太陽、次の試験までどうするんですか?」


「俺は生存率上げたいから、黒羽ちゃんに回避の特訓付き合ってもらいてーなー。灯太と風華は、夏海の試験対策?」



 空の弁当箱を二つ片付けながら、太陽が話す。当然のように早弁をしたうえで今しがた二つ消費したところだ。



「試験対策か。夏海さえよければ、俺たちが教えるよ。」


「灯太くんと風華ちゃんは頼りになるから、お願いする! あたしもいつまでも訓練生ってわけにいかないし!」


「任せてください! 一緒に頑張りましょう!」



 夏海の言葉がよほど嬉しかったのか、風華がとびきりの笑顔で夏海の手を握った。

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