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「それに、このままじゃ父ちゃんに顔見せらんねーし!」
ニッと太陽が歯を見せる。九年前に殉じた彼の父親、
立石は真面目な男だった。父親の背中を追う真っ直ぐで健気な少年の夢を、笑い飛ばせる訳がない。
「そっかそっか。じゃあ頑張るしかないな。」
「はい!」
その瞬間、二人が同時に前方を向く。濃密な殺気。一つや二つではない。
「太陽」
「うっす」
直ちに他の隊員に知らせるべく、立石が無線で呼びかける。
「エリアB-2にて目標確認。隊員は至急向かうように。繰り返す──」
その横で太陽は腰のベルトに装備していたカセットを取り出す。燐晶石を回路に組み込んだそれは、太陽が握りしめると真っ赤に輝く巨大な刃を出現させる。
遥か昔、こちらの世界に渡ってきた“鬼”と呼ばれる一族から引き受けた力。それが、燐。かつて物の怪と戦うために頂戴したその力は、今も尚餓鬼という怪物と戦うために人々に寄り添ってくれている。
そして、燐は血に宿る。つまり、血を流せば流す程戦いの要である燐も失ってしまう。
そこで作り出されたのがこのカセットだった。体表に発散される僅かな燐を燐晶石に接続することで、血を流さずとも戦う手段を持つ事ができる。
燐を宿した血は燐光を纏う。その血が皮下に流れるため、体表も僅かに発光する。しかしそれは、燐の影響を最も強く受ける目の輝きと燐光刀の傍では確認できない程度だ。
「いつでも行けるっす立石さん!」
「前方二体を頼む。俺は右側を片付ける! 三人が合流するまで凌ぐぞ!」
「了解ぃ」
体内の燐を知覚できれば、燐を用いて身体能力を強化する事も容易だ。軽く地面を蹴るだけで、一瞬で餓鬼の目の前まで移動できる。
何より燐に助けられるのは、視界だ。燐によって刃と同じく赤く燃える両眼が、月の無い夜でもはっきりと物を見せてくれる。
毛の無い身体、腕か足か見分けのつかない肢体。身体のあちこちに出現している口は人のものと酷似しているのに、その姿形は全く人とは似ても似つかない。
おぞましい怪物を前に臆することも無く、太陽は大剣を振るう。まるで巨大な包丁のようなそれは見た目に反してあまり質量を持たず、軽々と二体の餓鬼を凪いだ。
「おっ、いい当たり! ──
たった今斬り伏せた餓鬼の身体が、花火のように弾ける。それを視界の端に入れながら戦う立石の燐光刀は青く輝いていた。
燐には種類が二つある。太陽と同じく赤く輝く赤燐と、立石のように青く輝く青燐。機関に所属する隊員のほとんどが青燐を宿しており、その原点にして最高峰こそ太陽の親友の一人、陰峰黒羽の生家である陰峰家だ。
赤燐を宿す人間は希少で、日ノ出街支部では太陽の他には支部長の怜亜しかいない。その怜亜も、赤燐と青燐の二種を宿すこれまた珍しい存在だ。
(相変わらずえぐい火力だな……さすが赤燐てところか。なんでこれで試験に受からないんだ?)
赤燐の力は青燐よりも遥かに大きい。だからこそ、扱えるようになるまで時間はかかる。太陽も、上手く使いこなすには至っていない。それでもこの火力。これを見て、「隊長は諦めろ」などと言えるはずがない。
「隊長!」
駆けつけた三人が加勢に入る。
「篠田と江坂は太陽の援護を頼む! 薄尾は俺とこっちを処理する! 二手に分かれて迅速に終わらせるぞ!」
「「了解!」」
数こそ多いが、苦戦する相手ではない。十分と経たないうちに、その場には再び静寂が訪れた。討伐した餓鬼の身体は砂のように崩れ、消えていく。その後に残るのは、青い燐光を放つ結晶体。「
「太陽、よく一人で持ち堪えたな。おかげで助かった。今から燐化髄晶の回収に移る。原型を留めてるものは一つも残さないように回収してくれ。割れてるものはできる限りでいいぞ」
立石の指示に隊員が動き始める。太陽もカセットとは別にベルトに下げていた円柱状の物を手に取る。軽く振ると、それは勢いよく広がってボストンバッグのような形状に変わる。携帯用の回収袋だ。丈夫な素材で作られており、先の尖った結晶を入れても破れない。
「隊長ー、この辺ほとんど粉々だー」
地面を見つめる江坂の言葉に、太陽がぎくりと肩を震わせる。
「ああ、もれなく太陽が木っ端微塵にしたからな。」
「すんませーん!」
餓鬼を討伐するには、餓鬼の心臓と呼べるこの燐化髄晶を壊すか、餓鬼の身体から切り離すしかない。燐化髄晶から全身へ燐を供給する燐脈、言わば大動脈を断ち切ってしまえば餓鬼の活動を止める事ができるのだが……太陽の場合はどうしても燐化髄晶諸共砕いてしまう。
燐化髄晶を回収する理由は、餓鬼が憎悪を胸に死んでいった人々から生まれる怪物だからだ。
餓鬼になってしまった人の魂は、二度と人の輪廻には戻れないと言われている。その人達を人の輪廻に還す方法を
「お前の力はすごく頼りになるけど、もうちょっとコントロールできるといいな」
「うっす。頑張ります。」
立石に太陽が深々と頭を下げる。一口にがんばると言っても、周りに赤燐の隊員がいないため扱い方は自分で学ぶしかない。怜亜の手が空いている時は鍛錬に付き合ってもらえるが、支部長は基本忙しい。もし父が生きていれば……。そんな風に考えたのも、一度や二度じゃない。
次の隊が来た所で巡回を引き継ぎ、支部に戻る。ひとまず今日の任務同行は終了だ。
「今日も大活躍だったなー、太陽」
「お前あんなに動けんだから、次は試験受かれよ!」
「頑張りま〜す。篠田さん薄伊さんお疲れ様でーすお先に失礼しまーす」
ロッカールームで隊服から私服に着替え終えると、先輩隊員に挨拶をして退室する。エントランスホールに出た所で、同じく任務帰りの灯太を見つけた。
「おー! 灯太! 今帰るとこ?」
「ああ。」
「風華は?」
「早く弟に会いたいからって先帰った。」
「あらフラちゃって可哀想に。じゃ一緒に帰ろーぜ!」
月明かりの下を並んで歩く太陽と灯太。こんな夜でも安心して外を歩けるのは、燐晶石の結界と今郊外で防衛任務をしている隊員のおかげだ。
「俺ってばまた立石さんに褒められちった」
「早く試験受かれって?」
鼻を高々にしたのも束の間、灯太に言われた言葉がグサリと刺さる。
「うっ……まぁ、それも言われたけど」
太陽とて受かりたいのは山々だ。
「でもそろそろ改善点が分かんねんだよな。」
「被弾数抑えるしかないんじゃないか? 回避の練習に黒羽に相手してもらえば。」
「それいいな。黒羽ちゃんいいよって言ってくれるかな。」
「言わねぇと思う」
提案をしておきながら、灯太はさらっと否定する。それを気にする太陽ではない。
「太陽」
ふと立ち止まった灯太を、太陽が振り返る。
「どした?」
「……忘れたわけじゃないよな。約束。」
「当たり前だろ! 俺らの隊が機関最強んなって、
にっと太陽が笑顔を浮かべ、ピースサインを見せる。それを真っ直ぐ見据える灯太は、何か考えているようだった。
「覚えてるならいい。そろそろ頼むぜ、太陽。」
「おう!」
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