「なんであんな邪険にしてくるの? 誰にでもそうなの? ほんとに陰峰家の人?」



 夏海ですら知っている、というより、機関に所属している人間でその名を知らぬ者はいない陰峰の名。餓鬼を討伐するための組織は過去に幾つかあったが、元を辿れば発端は全て陰峰家に遡る。そして幾つかあった組織が統合され、その現在の本部長を務めるのが先代の陰峰家当主、黒羽の祖父にあたる人物だ。



「んー……私はあまり記憶に無いような。素っ気ないですけど、突っかかるような事は言われないです」


「そもそも女の子と話さないしな、黒羽。」



 風華と灯太の言葉を聞き、余計夏海の怒りは大きくなった。



「じゃああたしにだけって事? 何それ」


「俺は邪険にされるけどね?」



 憤慨する夏海を励ましているつもりなのか、太陽が横から口を挟む。



「それは太陽がダル絡みするからです」



 冷めた目で太陽を見ながら言う風華の意見が正しい。


 雑談を交わしていると、徐々に任務同行の時間が近づいてきた。他の隊にお願いをして同行させてもらっているだけに、遅れるわけにはいかない。



「そろそろ時間だ。」



 腕時計を確認する灯太。その隣で、風華がスマホを取り出す。



「夏海、連絡先交換しましょう」


「……! うん!」



 風華の提案に、顔を輝かせて夏海がうなずく。



「俺も俺も! 交換しよ! な! 灯太もさ!」


「じゃあ、風華が俺らのグループに夏海を入れてくれ。そこから追加しとくよ。」


「分かりました〜」



 夏海の連絡先を入手した風華が、すぐさまグループチャットに招待する。もちろんそのグループには黒羽もいるのだが、それが気にならないくらい夏海は嬉しかった。



「灯太は反対しないんだな」


「反対する理由も無いしな。そもそも隊無いし」


「あら辛辣」



 シュンと眉を下げる太陽。しかし事実だ。隊が結成されてない以上、夏海を勧誘したところで無意味だ。それは黒羽も分かっているのにな、と灯太は三人を見ながら考える。


 自分の友人は初対面で気に食わなかったからといって同じ隊になる事を拒むような、そんな幼稚な人間ではないはずだ。


 さすがに任務同行の時間が迫っているからと、四人はホールを出て解散した。夏海が他の訓練生と合流するのを見届けてから、太陽も本日同行する隊員がいる部屋に急ぐ。



「立石さ〜ん! すんません、ちょっと遅れました!」



 小会議室の扉を開けると、全員太陽よりいくつか上だろうか、男性の隊員が三人談笑していた。その中の一人、太陽に名前を呼ばれた隊員が立ち上がる。立石要たていしかなめ。この隊を取りまとめる隊長だ。



「来たか太陽! 腹はいっぱいか?」


「さっき食ったけど空いてます!」


「相変わらず元気な胃袋だな〜!! 早く終わらせて夕飯食わねーとな!」


「オッケーっす!」


「あっ、太陽くん来たね〜!」



 元気よく敬礼をする太陽の後ろから、快活そうな少女が入って来た。


 これで太陽を含めた五人が揃う。



「江坂さんお疲れ様で〜す」


「うんうん、太陽くんおつかれ! じゃ、行こ、隊長!」



 和気あいあいとした雰囲気で任務に向かう五人だが、日ノ出街支部を出た途端、空気がピンと張り詰める。市街地は「燐晶石りんしょうせき」という鉱石を用いて餓鬼が立ち入らぬよう結界を張っているが、油断はできない。そしてこれから向かう場所は結界の外、餓鬼の領域だ。遊び半分で行くなど、言語道断。


 市街地と郊外の境界を出る直前、隊長の立石が隊員、そして太陽を振り返る。



「俺たちは今日郊外任務だ。昼潟の件もある。結界があるからって油断せずに、街に餓鬼を一匹も近づけるなよ。」


「「了解」」



 燐晶石を回路に張られた結界の外。そこは常に、殺気が満ちた世界。いつどこから餓鬼が現れても対応できるよう、全員が周囲を警戒する。


 市街地から同心円状に一定の距離を任務範囲とし、さらにそれをいくつかの区域に分け、各隊が交代で防衛任務に当たる。太陽達が向かうのはその区域の内の一つだ。



「西山隊、お疲れ様です。代わります。」


「立石隊、お疲れ様です。一段落した所なので、交代お願いします。」



 隊長同士で手短に状況を共有した後、西山隊から巡回を引き継ぐ。この時も、他の隊員は周囲の警戒を怠らない。


 大抵の区域は雑木林を含んでいるため、巡回は手分けをして行うことになっている。基本的に支部周辺に現れる餓鬼は低ランク、たまに中ランク低度のもので、群れを成して行動するため見つける事自体は難しくない。高ランクの餓鬼は本部が選抜した精鋭が前線で食い止めているおかげで、遭遇する可能性は限りなく低い。



「太陽は俺と、他は手分けして巡回だ。目標を見つけ次第連絡を。」


「「了解」」



担当する場所を簡単に決めると、太陽と立石隊長、そして他の隊員に分かれて巡回を開始する。



「今日静かっすね」



 立石の後に続きながら、太陽が言う。



「西山隊のおかげだな」


「俺も早く隊組みてぇ〜!!」


「何回落ちたんだ?」


「十六回っす」


「落ち過ぎだろ」



 思わず立石が太陽を振り返る。学徒隊員の隊認試験など、普通一回で受かるものだ。多くても二回。三回受ける時点で珍しいというのに、十六回など恐らくどこを探しても他にいない。



「えっへへ」



 笑い事ではない。いや、もはや笑うしかないのかもしれない。そんな太陽の表情を見ながら、立石がぽつんと疑問を口にする。



「……諦めようとか思わないのか?」


「ないスね」



 太陽の答えは、一点の曇りも迷いもなかった。正規隊員認定試験と難度はほぼ変わらない、簡単な試験だ。それでもこれだけ落ち続ければ、大抵の人間は間違いなく諦める。


 しかし目の前の少年には、「諦める」という言葉は存在していなかった。



「機関最強の隊になんのは、守んなきゃいけない約束なんで。」



 それがどれだけ遠い道のりになるか分かっているのかいないのか。無謀だと笑い飛ばすには、太陽の表情はあまりにも確信に満ちていて。ここまで来るとその自信がどこから湧くのか知りたくなってくる。

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