「昼潟からの異動だ。知っての通り昼潟は一昨日餓鬼を制圧しきれず陥落している。学徒隊員・訓練生も気を引き締めて活動するように。」


「「はい!!」」


「水上訓練生は下りてよろしい。この後は皆と共にミーティングに参加したまえ。」


「あ、はい!」



 未だ緊張が続き、慌てた様子で夏海がステージを下りる。まだほとんどが知らない人たちばかりだ。できれば後ろの、隅っこの方で静かに話を聞いていたい。それかもしくは、さっきの──



「夏海! 夏海!」



 夏海がステージから下りるのを見て迎えに来ていた太陽が、小声で夏海を呼んだ。太陽を見つけると、不安を全面に貼り付けていた夏海の表情が緩む。



「俺らこっちで話聞いてんの! 夏海も来いよ!」


「太陽!? ありがと〜!」



 夏海が他の隊員と同じくホールに下りたのを見届けてから、怜亜が話を始めた。



「さて、ミーティングを始める。まず、今月から新たに結成された隊の活動だが──」


「な、な、夏海も俺らの隊に誘おうぜ!」



 三人の元に夏海を連れて戻って来た途端、太陽が怜亜の話も聞かずにそんな事を言い出した。



「俺らが作ろうとしてる・・・・・・・隊、な。支部長がまだ話してるだろ。前向けよ。」



 ミーティング中だからと太陽を振り向くことなく、小声で返す灯太。



「俺ァ反対だ。なんで知らねェ奴入れなきゃなんねんだよ」



 隣の灯太と同じく、太陽を見ることなく小声で返す黒羽。



「喋ってると怒られますよ。」


「夏海は知らねー奴じゃねえって!! 友達友達!!」


「そこ、今はミーティング中のはずだが?」



 怜亜の叱責が飛び、他の隊員や訓練生が振り向いた。しかし視線の先に太陽がいるのを見て、大半が「またか」と言うようにすぐに前を向く。


 ミーティング中に太陽が注意を受けるのは今に始まった事ではないのだ。



「すんません」


「だから言ったのに……」



 肩をすくめる風華と、我関せずな灯太と黒羽。その後ろで一連のやり取りがよく聞き取れなかった夏海は、なぜ急に太陽から自分の名前が出たのか分からず、モヤモヤとしていた。


 ミーティングが終了し、ぞろぞろと他の隊員たちがホールを出ていく中。改めて太陽が夏海を三人に紹介する。



「夏海とはさっき会ってさ。あ、こいつが灯太で隣が風華、んでこっちが黒羽な」


「はぁ……」



 順番に三人を見る夏海。最後に仏頂面の黒羽と視線がぶつかる。



(──わ、綺麗な子……女の子かな?)



 表情は渋いが、それでも美人な顔に見蕩れていると急に太陽に話を振られた。



「な! 夏海も俺らの隊入ってくれよ!」


「え? 隊?」



 いきなり言われても、夏海の頭には「?」しか浮かんで来ない。一体何の話だ。



「色々とすっ飛ばしすぎた馬鹿。まず俺たちの事をちゃんと話してやれよ初対面だぞ」



 下の名前だけ言って教えた気になるな、と灯太がため息をつく。



「あ、はは……そうだよね、えっと、初めまして……灯太くん、だったよね」


「ああ。うちのが急にすまない。俺は金代灯太。この馬鹿とは腐れ縁。」


「私は嵐山風華です。この三人とは同級生で。女の子の友達ができて嬉しいです、夏海。」



 にこっと自分に微笑む風華が、夏海には女神にしか見えなかった。



「毎日野郎ばっかりでむさ苦しかったので」


「風華さん?」



 笑顔を崩さず本音を漏らした風華。すかさず突っ込む灯太。背筋が寒くなった夏海。


 夏海が、何があっても風華を敵に回すのはやめようと悟った瞬間だった。


 残すは黒羽、ただ一人。しかし彼は一向に自分の事を話そうとはせず、ツンとそっぽを向いている。



「おい黒羽」



 灯太の呼びかけにも応じようとしない。仕方ない、と灯太が息を吐く。



「こいつは陰峰黒羽。まぁ、いつもこんなだから気にすんな。」


「え、陰峰ってあの陰峰?」



 目を丸くして驚く夏海。度々他人からされるその反応が気に食わない黒羽は、その鋭い眼光でギロリと夏海を睨んだ。



「あ? だったら文句あンのかよ」


「うわ、感じ悪っ」


「んだとテメェ」


「てか男だったんだ」


「あ゙?」



 思ったことをそのまま口に出す夏海の前に黒羽が立ち、苛立たしげに見据える。しかし夏海も夏海で、負けじと黒羽を睨み返した。いくら美人でも、性格が悪い人間は好きになれない。



「黒羽ちゃん! 女の子を睨まないの!」


「落ち着けよ黒羽。今会ったばっかだろ」



 夏海から黒羽を引き剥がす太陽と、宥める灯太。だが黒羽の気は収まらず。



「太陽、俺ァやっぱ反対だぜ。こんなチビ足引っ張るだけだろ」


「自分だって高くないクセに……」


「あァ?」



 今しがた引き離したにもかかわらず、再び火花をバチバチと散らす二人。



「黒羽ちゃん」


「落ち着けって」



 まさか初対面でこんなに合わないとは。もう一度太陽と灯太が抑えに入るが、火に油を注いだのは風華だった。



「私は賛成です。女の子が増えるのは嬉しいので」


「風華もそう言ってることだし! な、黒羽ちゃんもちょっとは考えてくれよ!」


「太陽テメェ」


「今すぐって訳じゃないからいいだろ!」


「チッ……」



 面倒臭そうに舌を打ち、太陽の腕を振りほどいた黒羽が四人に背を向けた。



「勝手にしろ。どうせ隊長は太陽テメェだ。けど、俺の意見は変わんねェからな」



 挙句、そのまま立ち去ろうとする。その背中を灯太が呼び止めてはみるが。



「どこ行くんだよ」


「帰ンだよ。俺ァ巡回に同行する必要ねェからなァ」



 機関本部で正規隊の隊長として活動している黒羽には、他の隊への同行の義務が無い。つまり、任務同行の義務がある太陽たちと違ってミーティング後に帰宅しても何も問題は無いのだ。


 また、訓練生の夏海には任務同行の資格が無いため、この後は同じく帰宅か自主訓練になる。



「行ってしまいましたね」


「黒羽が勝手なのはいつもの事とはいえ、度々ごめんな夏海」



 灯太が謝るが、彼に謝られた方が夏海としては申し訳なく感じてしまう。

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