「な、パン買いに行っていい?」


「さっき食ってたのは何」



 腹をさすりながら言う太陽に、先ほどの弁当をぼんやり思い浮かべながら灯太が返す。止めたところでどうせ買いに行くことが目に見えているからか、黒羽は足を止めない。



「俺ァ待たねェぞ。行こうぜインテリ」


「その呼び方やめろボンボン。黒羽と先行ってるから、遅れんなよ。」


「うぃっす」



 二人とは別れ、一人パンを買いに向かう太陽。決してミーティングの開始時間を分かっていない訳ではない。燃費の悪いこの身体は、どうしても食欲に抗えないのだ。


 鼻歌交じりに自販機でパンを買う。これでミーティング前半は乗り切れるはずだ。



「フ〜ンフフ〜ン」


「あ、ねぇ、あのっ」


「ん?」



 ご機嫌でパンをかじっていると、急に声をかけられる。振り向けば、見知らぬ女の子が慌てた様子で立っていた。


 かなり小柄な体躯に、明るい茶髪のショートカットが小動物を想起させる。そして、青い瞳。


 今初めて会ったのに、その青い瞳は酷く懐かしくて。



「ゆきちゃん……?」


「え?」



 思わず発した言葉に女の子が眉をひそめたのを見て、太陽が我に返る。瞳の色だけで思い出してしまったが、記憶の中の少女と目の前の女の子は少しも似ていない。



「あ、ごめん何でもない! えっと、どした?」


「ミーティングの場所ってどこか知ってたりするっ?」



 なるほど、迷子か。しかしこの女の子は運が良い。なぜなら、太陽も今からそこへ向かうからだ。



「俺今からそこ行くよ! 一緒に行く?」


「えっ、いいの?」


「行こう行こう!」



 かなり途方に暮れていたのか、太陽の言葉に女の子の表情がホッと和らいだ。



「初めて会うよな? 訓練生?」


「うん。一昨日おととい、昼潟から来たばっかり。」


「あー、昼潟かぁ」



 そういえば先ほど、灯太が「昼潟から何人か来るかも」と話していた。きっとこの子もそうなのだろう。



「遠い所からここまで来るの大変だったよな。」


「色々あったから、移動よりそっちが大変だったかな」


「日ノ出街に来た訓練生は……えっと、名前なんだっけ」


「あっごめん! あたし水上夏海みなかみなつみ! 歳は十四で、今中等科三年!」



 中等科三年なら、太陽と同い年だ。それだけで夏海に対する親近感が強くなる。



「じゃ、同級生だ! 俺は神上太陽! 夏海は一人で日ノ出街に来たのか?」


「日ノ出街に来た訓練生はあたしだけ。おばあちゃんがこっちに住んでるからさ。他の子は皆夕暮ヶ丘の本部に行っちゃった。」


「そっかぁ。友達と離れるのを受け入れるって、夏海は強いな!」


「え、」


「だって俺なんか──」


「ん? なんだお前たち、知り合いだったのか?」



 太陽が話している途中で、二人以外の人物の声が降ってきた。鉢合わせたのは現日ノ出街支部長、古賀怜亜こがれいあだった。深い灰色の髪に濃紺の目がクールな印象を与える女性だ。いつの間にかホールの前に到着していたらしい。


 普通なら支部長が来るよりずっと先に中で待機しているべきだが、太陽にはそんな考えはない。あれば、寄り道などしないからだ。



「しぶちょー! 夏海とはさっきそこで会いました!」


「相変わらず人懐こい奴だな。早く入ると良い。もう始めるぞ。」



 ホールの扉を開き、怜亜が中に入るよう二人を促す。上官に扉を開けさせるなど、他の隊員なら慌てるところを太陽は「ありがとうございます!」と元気に中に入って行く。



「夏海は私とこちらへ。」


「は、はい!」



 夏海を手招き、ホールに足を踏み入れた怜亜が太陽を振り返った。



「そうだ太陽、ミーティングまでにそのパンは食べておくことだな。」



 怜亜が指したのは、太陽の両手にあるパンたち。



「任せてくださいよ!」



 元気に答え、怜亜、夏海とはそこで別れた。人で混み合うホールの中を突き進み、先に来ている友人らを探す。今の今まで腕に抱えられていた大量のパンは、既に胃袋に押し込んだ。



「こっちだこっち」



 灯太が太陽を見つけ、手招くのと同時に太陽も灯太を見つける。



「いたいたぁ。灯太は背ぇ高いから見つけやすくていいなー」


「あァ?」



 そんなつもりで言ったわけではないが、小柄な黒羽が不愉快そうに太陽を睨みつける。太陽もそこで下手に取り繕わなければ良いものを。



「ほら、黒羽ちゃんはちっちゃいのが可愛いから自信持ってこ──あだっ」



 少しもフォローになっていないフォローの言葉を並べた太陽の尻を容赦なく黒羽が蹴り上げる。



「余計な世話だクソが」



 全くもってその通りである。しかし暴力はよくない。



「二人とも、支部長が出てきましたよ」



 太陽と黒羽を呆れた様子で諌める少女は、灯太の彼女であり三人の同級生、嵐山風華あらしやまふうかだ。緩やかに波打つ藤色の髪は腰に届くほど長い。メリハリのある体つきと大人びた美しい顔立ちを持ち、灯太と並ぶと言うまでもなく美男美女カップルになる。


 彼女の言った通りステージ上に怜亜が現れたのを見て、太陽も黒羽も大人しく正面を向いた。


 そして怜亜の後に続いて壇上を歩くのは、カチコチに緊張した小動物のような少女。



「あ、夏海だ」



 先程まで一緒にいた少女を見て呟いた太陽に、風華が視線を投げた。



「お知り合いですか?」


「そそ、さっき仲良くなった」


「さすが太陽ですね」



 コミュニケーション能力の高さと人懐こさは日ノ出街支部随一だ。


 怜亜が一歩前に出ると、夏海を見て物珍しそうに話をしていた隊員たちが口を閉じ、ホールがしん、と静まりかえる。



「本日付けで日ノ出街に配属された水上訓練生だ」



 怜亜の声だけがホールに響き渡り、たった今紹介された夏海の緊張がさらに高まる。こんなに大勢に注目される事など一度も経験したことがないから、今にも口から心臓が飛び出そうだ。

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