日ノ出街編

16回目の不合格

「うーん……今日もダメかぁ。生存率は上がってんだけどなぁ」



人を襲う怪物、餓鬼から人を守るための組織、餓鬼殲滅連合機関がきせんめつれんごうきかん。その日ノ出街支部ひのでまちしぶの廊下を、太陽は唸りながら歩いていた。手にしたスマートフォンの画面には、『撃破数:21 生存率:86.7% 不合格』の文字。


友人らと正式な部隊を組むために受けた十六回目・・・・の隊長認定試験は、今回も芳しくない結果となった。


とはいえあまり気落ちした様子を見せることもなく、太陽は日ノ出街支部の二階にあるラウンジへ向かう。学校から帰る時間帯だからか、中学生くらいの子供たちでラウンジは賑わっていた。その中から少し外れた所に座っている二人の少年の元に太陽は近づく。



「結果は?」



二人の少年のうち一人が太陽を振り返った。癖の無い金髪がさらりと揺れ、前髪の間から精悍な顔が覗く。金代灯太かねしろとうた。太陽とは物心ついた頃からの仲だ。


幼馴染の問いに、太陽はへらりと笑ってスマートフォンを見せる。



「不合格でしたぁ」


「『でしたぁ』じゃねェだろいつ受かんだテメェ」



苛立たしげに言い放ったのは、灯太の向かいに座る少年。身体つきが細く小柄だが、手足を組んで座る姿が威圧的で近寄り難い雰囲気を放つ。陰峰黒羽かげみねくろば。色白の肌と胸の辺りまで編まれた黒髪、繊細な顔立ちがまるで少女のようだが、鋭い目つきがそれを否定している。彼も太陽とは五年来の友人だ。



「いや、でも、ほら、生存率はちゃんと上がってるし!」



 太陽の言う「生存率」というのは、隊長認定試験の合否判定を表す数値だ。任務から生還可能かどうかの確率をそのまま基準として用いているので、より難易度の高い試験をクリアすればその分与えられる任務も難しくなる。


 もっとも、それは今の太陽が気にすることではないが。



「それは毎回聞いてる。お前が受けてる隊認試験のボーダーラインは90%以上。どれだけ上がってても超えられなかったら意味無いだろ。」


「ぐっ……おっしゃる通りで」



 灯太の言葉が耳に痛い。



「黒羽が秋に夕暮ヶ丘ゆうぐれがおかに戻っちまう前に隊組もうって話だろ? そんで、隊長やりたいって言い出したのはお前なのに。」


「ごめんて〜」



 謝りながら太陽がリュックから取り出したのは、これからピクニックにでも行くのかと聞きたくなるほど大きな弁当。友人に対し本当に申し訳ないと思っているのか怪しくなってくる。しかし灯太も黒羽も見慣れているのか、特に問い詰めることはしない。



「次受からなきゃ、俺らの中の誰かが受ける事にするぞ」



 今日で十六回目だ。灯太がそう言うのも当然だが、黒羽の表情は渋い。



「俺ァ太陽以外の人間の下につく気はねェぞ。灯太、テメェでもな。そこは変わらねェ。」


「そう言うなよ。俺は別にお前が隊長でも良いんだぞ?」


「勘弁しろ。隊長は本部向こうでやってんだよ」



 通常、隊員の所属は本部、もしくはそれぞれの支部のどこかになる。しかし黒羽は本部と日ノ出街支部のどちらにも所属していた。それは彼の持つ事情が特殊だからであり、中等科を卒業した後に本部がある夕暮ヶ丘へ行くのも、その事情のためだ。


 そして現在、太陽たちと共に学徒隊員として日ノ出街に所属しながら、彼は本部所属の部隊の隊長を務めている。


 よわい十五の少年たちにとって、友との別れはまだ寂しい。


 だからこそ今のうちに日ノ出街で正規隊を組もうとしているのだが、その言い出しっぺは呑気に弁当をぺろりと平らげている。



「とりあえず、ミーティング行くぞ。向こうで風華待たせてるし。」



 太陽が空の弁当を片付けるのを見ながら、灯太が言う。ラウンジからは既に人が移動し始めていた。



「そだな! 何の話だろ?」


「おそらく昼潟ひるがたの話だろ。もしかしたら何人かこっちに来るのかもな。」



 今日は夕方から支部長と学徒隊員・訓練生のミーティングがある日だ。内容は先日餓鬼を制圧しきれずに陥落した昼潟支部の話だろうと灯太が予想する。


 中等科の隊員は卒業、もしくは正規隊に入隊しない限りは学徒隊員に分類され、正規隊員の同行無しに外での活動はできない。とはいえ餓鬼討伐の経験を積む必要はあり、ミーティング終了後はどこかの部隊の任務に同行させてもらう予定だ。



「な、ちょっと受け付け寄っていい?」



 ミーティングが行われるホールに向かう道中、太陽が二人に尋ねる。



「今日の結果母ちゃんに報告してくる!」


「不合格を?」


「いらねェだろンな報告」



 呆れる灯太と黒羽をよそに、太陽は母のいる受け付けへと駆け寄った。



「母ちゃん!」


「太陽? 今日はミーティングの日でしょ。何してるの。」



 太陽の呼びかけに応えたのは、艶やかな黒髪を一つにまとめた女性。きりりとした眉と、活発そうな顔立ちが太陽とよく似ている。


 太陽の母、神上陽子かみのうえようこは元々は日ノ出街支部で隊員として活動していた。結婚を機に引退し、それからは支部の受付に務めている。



「試験またダメだったって報告!」


「いいわよ言いに来なくて! 受かったら来なさい!」



 不合格報告に来た息子を陽子が追い返す。



「ほら、二人待たせてるでしょ! 早く行きなさい!」


「はぁい」


「ごめんね灯太くん黒羽くん。今日もこの子よろしくね。」


「任せてください。」


「まー、俺がいる間なら。」



 太陽の気が済んだところで、三人はやっと動き出す。おそらく他の隊員たちはホールに集まっているはずだ。急がなければならないのは十二分に分かっているが。

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