粘悪役令嬢

 ヌンノウ国における保存食の歴史は乾燥悪役令嬢に始まる。


 まず、乾燥悪役令嬢は至る所で入手できる。三歩も歩けば悪役令嬢を踏むという言葉があるほどだ。そして、小さくて軽いため大量運搬に向いている。


 お湯で人間らしい姿に戻せば一人旅の寂しさを紛らわす話し相手にもできる。もちろん、戻した悪役令嬢の肉の食感を味わうこともできる。


 しかし、とんでもなく不味い。人の食べるものではない。そのうえ栄養にも乏しい。食べるメリットがない。話し相手にするにも地雷な話題が多く、頻繁にヒステリックに感情を爆発させるので、基本的に会話は成立しない。


 現在では、悪役令嬢は豚や牛などの餌として利用されている。人間とは異なり、家畜には味の良し悪しが分からないのである。そのため純正な教育を受けたアリストクラッツや王族は悪役令嬢を毛嫌いし、視界にすら入れたくないと考える者が多い。ゴキブリのようなものだ。


 その点で、王子は上流階級のプライドが高いばかりの人間とは少し異なっていた。踏んでも壊れない頑丈さを持ち、先述のような運びやすさがあり、お湯をかければ人間の姿を取り戻すという摩訶不思議な人形に、王子はすっかり魅了されていたのだ。


 王子は湯の手袋を着けた。両手の皮膚の上に薄い湯の膜を張ったのだ。それで乾燥悪役令嬢に触れると、まるで炉から出したばかりのガラスのようにクニャクニャ、フニャフニャと形を変えていくのである。粘土のようだ、と王子は思った。


 お湯の手袋を外して触ってみると、パキッと硬い人形に元通りになっていた。研いだばかりの剣でなければ首を切り落とすことはできない。王子は、断面から中身を覗くと、空っぽだった。


 再び湯の手袋を付け直し、切り離された頭と体の接合部をくっつけ直して、その切れ込みを指で数回撫でた。すると、粘土の塊同士をくっつけた時のように、遜色なく元通りの人形姿に戻ったのであった。王子はフィーリア姫を棺の中に埋め直した。


 王子は城のゴミ溜めを訪れた。乾燥悪役令嬢専用の収集所には家畜の餌が気色の悪い山を作っていた。一つ一つを取り出してみると、どれもこれも手入れが行き届きすぎて跳ね毛が消滅している控えめな光沢のブロンドの髪と、吸い込まれそうな深い水の底を連想させるアクアブルーの瞳を持ち合わせており、これはフィーリア姫の容姿と全く一緒であったのだが、そうした美しい人形も積もって山の一部となっていた。


 その中には虫食いが酷く、ものによって腕が欠けていたり、顔に穴が開いていたり、脚の腐食が進んでいたり、髪の毛が失われていたりして、湯膜の手袋では修復しきれないが、それぞれの健常なパーツを組み合わせてみれば、これだけあればちょうど百体くらいは五体満足の悪役令嬢が出来上がるだろう。


 とりあえず最初に手に取った悪役令嬢の腐食した脚を裁断し、別の人形から切り離した健全な両脚と取り換えた。穴の開いたその頭も、控えめな光沢のブロンドの髪を携えた、吸い込まれそうな深い水の底を連想させるアクアブルーの美しい瞳を持つ顔に取り換えた。両腕も交換した。服もダメになっていたので他の悪役令嬢の胴体に湯膜手袋で接合した。そうしてできあがったカスタマイズド悪役令嬢にお湯をかけた。


「あぶぶぶぶぶ、あつっ!!!!あついわ!あついですわ!!!うっ、なんですのこの臭い、まるでドブの底みたいですわ!」

「おはよう。ここは城の地下だよ。」

「あ、あなたは誰ですの…?」

「イオーマーク・ユーカケルティワースと言います。」

「こっ、皇太子さま!そんな、私どうしてこんな、なんで皇太子さまがこんなところに、私も、なんで私もこんなところにいるのですか?」

「それは君が悪役令嬢だからだね。」

「…何を言ってるんですの?私が、私が悪役令嬢だなんて、そんなのありえませんわ!」

「君の名前は?」

「クルエラですわ。クルエラ・ローンシャークですの。」

「では、クルエラ姫、これからよろしくお願いします。」

「ᑕᕆᐅᖅᑐᖅᑐᖓ, ᐊᐅᓲᖅ!!!!」


 王子が彼女に向けて魔法の食塩を振りかけると、クルエラ姫は断末魔を上げながら乾燥した。それを拾い上げ、王子はゴミ溜めを後にした。できれば二度と来たくないと強く心に刻まされながら。

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