第3話 配信者・水色天使サカナちゃん
「ねー
「そうですよ」
「わーお、運命的出会い。ボクと付き合わない?」
カシオレのグラスを傾けながら、透夜にそう言ってきたのは、髪色を金に染めてウルフカットにした、小顔の美人なお姉さんだった。首に巻いたチョーカーが特徴的で、「嫌だ! 支払日!」という文字とクレカの絵が描かれた痛Tシャツを着ている。変なセンスの持ち主というよりは、配信者のオフ会だからネタ用に着てきたのだろうと透夜は推測した。
ここは居酒屋の宴会席。二十人ほどが座れるテーブルがあり、端のほうの空いているスペースで、苺果はドラゴンボールの声真似をしていた。男性配信者と女性配信者に囲まれて、きゃっきゃと盛り上がっている。こちらに気づく様子はなかった。
「名前、憶えてくれたんですね。一回名乗っただけなのに」
このお姉さんが透夜のフルネームを知っているのは、単純に透夜が名乗ったからだった。配信者オフ会は18時開始だったのだが、開始早々自己紹介を求められたのだ。透夜はSNSは見る専で、投稿をしていない。ハンドルネームを名乗ったところで誰も知らない。そもそも活動者ではない。名乗れるのは本名しかなかった。
隣の苺果は「お兄ちゃん、いいの!?」と驚いていたが、ほかの参加者たちは普通の自己紹介が終わった時と同じく拍手してくれたので、多分大丈夫だ。
なんだか最近モテまくってる気がする。……どれも純粋な恋心じゃないんだけど。
変なのに絡まれちゃったなと思いつつ、苺果のほうへ視線を送っても、苺果はやっぱり気が付かない。
自分で切り抜けるしかないかと、嘆息する。
グラスに半分ほど残った生ビールを置く。
「まずお姉さんの名前なんでしたっけ」
「水色天使サカナちゃんだよ」
「検索していいですか」
「ボクの名前も知らないんだ? VTuberに疎いんだね、キミ。検索してみそ~」
検索するとXアカウント、Instagram、YouTubeチャンネルがヒットする。YouTubeチャンネルを見ると、登録者20万人という字が躍っていた。
アイコンには、水色のジャージメイド服を着た金髪ツインテールの美少女のイラスト。
試しに一番最近の動画を再生してみると、Live2Dでぬるぬる動く美少女の絵と、お絵描きの画面が映った。立ち絵はかなり美麗で、アイコンでは潰れてわからなかった細かい装飾も確認できる。美少女のモデルには、魚のかたちをした髪飾りがついており、胸元には「水色天使」と書かれた名札がある。
「絵うまいっすね」
「コメントするのそこなんだ!? まあ兼業イラストレーターだから絵を褒めるのも間違いってわけじゃないけど。セルフ受肉っていって、このモデルもボクが描いたんだよ」
お姉さんには笑われてしまった。
「すごいですね……とか言われるの期待してるんですか?」
セルフ受肉。絵が上手すぎだし、すごいにはすごいのだけど。
「なんか棘のある言い方だね。キミの彼女もVTuberなのに、VTuberが嫌い?」
「そういうわけじゃないんですけど、いちごみるるちゃんがわざわざ彼氏って紹介した僕に付き合おうなんて言ってくる女性、警戒してもいいと思いますけどね」
「めちゃんこ刺々しいわ! 若い子は棘があるほうが好きだけどね!!」
サカナお姉さんは爆笑している。なにがそんなに面白いんだか。
どうせ配信者なんて今後も会う予定はないので、素でいかせてもらう。
「いちごみるるちゃんとは仲良いんですか?」
「二、三回歌ってみたでコラボしたことがあるよん」
「へえ~どれですか? 聴いてみたいです」
「最初にコラボしたのは、ハッピーシンセサイザだよ。ちょっと古めの曲でしょ。プロセカには来てるけど」
古めの曲というのも、プロセカというのもよくわからなかったが、曲名であることは理解できた。教えてもらった曲名を頼りに探し、動画ページにいきつく。
苺果のVTuberとしての体、いちごみるるちゃんと、サカナお姉さんのVTuberの体を模した絵が動くPVが公開されていた。
サカナお姉さんは水色を基調としたチェック柄のエプロンスカートで、いちごみるるちゃんはうさぎなどの装飾がついたピンクのエプロンスカート姿。いちごみるるちゃんは基本の色がピンクで黒髪ツインテール。色が対照的な二人だ。
Bluetoothでイヤホンを繋いで聴いてみると、両者ともに歌が上手い。
「へえ……」
「苺果の歌、もしかして初めて聴いた?」
「そうですね……って、なんでいちごみるるちゃんの本名知ってるんですか?」
「個人的に付き合いのある子だからサ」
「仲良いなら良いって言ってくださいよ……」
弱みを握られたらまずいライバルとかではなくてよかった。ファンへの色恋営業が蔓延っているが、VTuber自体の恋愛は基本厳禁とされる業界であることは噂で知っている。ホロライブとか、にじさんじ、とかのVTuber企業は透夜も聞いたことがある。
色恋営業をしていたVTuberが有名歌手と実は結婚していて、それを暴露されて炎上した事件は、ネットニュースで見た。どっちの企業に属していたかは忘れたが、かなり有名なVTuberだったはずだ。
VTuberが現実の実体をチラ見させてはいけない存在なのだとすれば、ここに参加したのは本当に良かったのかな……? と思い始める透夜である。
「あ、てか二作目も聴いてみてよ。『独りんぼエンヴィー』。これも古いけどプロセカにきてる。三作目はねえ、DECO*27の『乙女解剖』だよ。有名でしょ? 今度歌おうって企画してるのは、『デビルじゃないもん』とか『初恋日記』。あーでも、『えれくとりっく・えんじぇぅ』『paranoia』とかも歌いたいよね。『レイニーブーツ』『デイバイデイズ』とか『愛してあげられなくてごめんね』もかっこいい……。うん、まだ相談中かな!」
「DECO*27……? プロセカってなんですか?」
「え、そこから? ボカロも全然知らないの?」
サカナお姉さんはあははと笑って説明してくれたが、わりとわからない世界だった。
「ボカロ聴かないなら、普段なに聴いてるの?」
「ミセス、YOASOBI、Ado、椎名林檎、米津玄師……最近はキタニタツヤとかDiosも好きです」
「流行から大きく外れてない感じだね! そのラインナップはボクも好き。ねえねえ、アニメは見ないの?」
「ほとんど見ないですね……。このまえ見たのが、Angel Beats!です」
「あーいいよね。最後まじで泣ける。ボクたち、歳近い? ボク、25歳なんだけど」
「僕は22です。サカナさんは本当にお姉さんだったんだ」
「キミからお姉さんっていわれると、感慨深いね」
サカナお姉さんは謎に照れ隠しするようにカシオレを飲み切った。透夜もぬるくなったビールを啜った。
サカナお姉さんは周りの人に声をかけて注文を募り、注文機のボタンをみんなまとめて押した。コミュ力が高いといえばいいのか、宴会慣れしている。
少しの間、会話がなかった。
「彼氏として来たこと、ちょっと後悔してる? いちごみるるちゃんの足かせにならないかなあとか考えてる?」
「少しは」
「たぶんならないと思うよぉ。みんな言わないと思うし。そもそも彼氏が本当かどうかも怪しいしね! いちごみるるちゃんはそういうやばい発言、元から多いし」
「多いんだ……」
「地雷系彼女……みたいなキャラで売ってるからね。彼女は。有名になる前はOD配信とかしてBANされてたし、顔出しもしてたし……」
想像に難くないけれど。
「ねー、っていうかさー……君、LINE交換しようよ。仲良くしよう」
「いいですよ」
透夜は話していて警戒心がすっかりなくなっていた。
サカナお姉さんがやや距離が近いのは気になっていたけれど、本気ではないだろうと透夜は勝手に終わらせた。
「今度デートしようね」
「しませんよ。苺果がいるんで」
LINE交換したところで、また会うことはないと思っていた。
それが覆されたのは、わずか数日後のことだった。
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