最終話

 そして、ようやくこぶしがぶつかった。


 すべてを見ていたミズホは、首を傾げる。部屋どころか世界がめちゃくちゃになってしまいそうな余波とか熱とか光は?


 あの大量の猟犬は?


 いろはもキョウもまた、不思議そうに首をかしげていた。


「今何かつぶしちゃいましたか」


「お姉さまも感じたんだっ」


「今、なんか変なもやみたいなのがたくさんいなかった……!?」


「なるほど。ミズホが見たものは、キョウが連れていたイヌでしょう」


「あ。確かに似てたような」


「わんちゃんかあ」


「猟犬ってなんなの」


「知らなくていいです。人類がアレに困り果てるのは、ミズホがあぶらののったアラサーになった頃ですから」


「脂ののったて」


「精力が強くて困りますよ。あ、下ネタではありませんからね」


「わかっとるわっ!」


 ミズホは椅子をギシギシ言わせながら抗議。バタバタ暴れていたせいで、すっかり息が上がっていた。


「なにもなくてほんっとよかった」


「もしかして、ワタシたちのことを案じてくれているのですか」


「…………まあね!」


 姉妹のことなんか、微塵みじんも心配していなかった。アクリルスタンドや、部屋がぶっ壊されなくて、心の底から安堵あんどしていた。


 なにより、読もうとしていた同人誌も無傷じゃないか。


 よかったよかった。


「これなあに?」


 今まさに、キョウのちいさな手によって同人誌がひろわれる。


「あっちょ」


「ほむ、これは同人誌というやつですね。たいていは男女のセックスが題材になっていたと聞いています」


「説明するな! 18禁だぞっ」


 燦然さんぜんと輝く18というピンク色の文字を思いだし、ミズホは叫んだ。


 キョウから同人誌を受け取ったいろはが、ひらひら手を振り、


「それを言うならリクだって17でしょうに」


「ぐっ」


「『ぐっ』って口にするひとはじめてみたかも」


「いいから返してっ。返さなくてもいいから読むなぁ!」


 悲鳴まじりの言葉を無視して、いろはじゃページをめくっていく。いろはの肩越しに、キョウもピンクなページを見ていた。


 終わった――。


 彼女たちの目が、うつむいたミズホをむいた。


「やっぱりワタシたちが好きなのではないですか」


 ぺらりと向けられた十八禁同人誌のタイトルは、


 『いやらしすたー』


 いわゆる、姉妹ものである。


「いやはやまさかねえ。女の子同士はちょっと、とか言っていませんでしたか」


「返す言葉もありません……」


「マスター、ウソはいけないんだよ?」


「もういっそ殺してぇ!」








 そうして、ミズホは姉妹と生活することになった。


 彼女たちが平穏を乱すたびに思うのだ。


 この時に追い出していれば、と。


 邪神とやらに巻き込まれなかったのにっ!

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対邪神兵器ちゃんも恋がしたいっ! 藤原くう @erevestakiba

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