第5話

 最初からチラチラ様子をうかがっていたのである。


 ミズホが同人誌を見るたびに現れていた、黒煙のようなものが猟犬である。彼らは高次元(思考レベルをのぞく)に生息しており、三次元ではイヌのようなガスというかたちに見える。


 彼らはエベレストよりも高いプライドを持ち、マントルよりもずっと嫉妬しっと深かった。


 ネコみたいに首根っこをつかまれていたとなれば、一族の恥。猟犬の家族・親友・恋人・その辺を歩いていた近所のおじさん(猟犬)までもが協力を申し出、復讐のためにやってきた。


 姉妹がケンカをしはじめ、その時がやってきたというわけだ。


 が――非常に運が悪かった。


 まずもって、ここにいる姉妹はヒトではなく、対邪神用人型決戦兵器である。


 心臓に秘めたる核分裂炉/融合炉を燃やす、バケモノなのだ。


 猟犬たちは、どちらを狙おうか迷った。


 イスにくくりつけられている女はザコそうだから、ほっとくことにした。


 どっちの女を狙うか。


 一匹が、キョウへ鼻先を向けた。彼こそは、ネコ扱いされた猟犬であった。


 猟犬たちは、憎き相手めがけてとびかかる。


 タイミングはこれ以上なく、最適で――最悪だった。


 なにより、百合の間に割り込めばどうなるか。同人誌を見ていた猟犬にわかっていたはずなのに。







 いろはもキョウも猟犬には気がついていなかった。


 ミズホだけが部屋が真っ黒に染まり、イヌになっていくのを見ていた。


 短い悲鳴。言葉にならないうめき声。先ほどもみたものとは比べ物にならない数の憎悪……。


 人間が感じるほどの悪意は、対邪神用人型決戦兵器には効果がないのか、にらみあい、こぶしを構える姉妹たち。


 その手が、ぎゅいんと光る。


 相手を倒せと青く輝く。


 人魂のようなゆらめく光だ。だが、そこには人類の電力を何十年何百年とまかなえるほどのエネルギーが渦巻いていた。


「お姉さま、わかってるよね」


「バカなことを言わないでください。ワタシの方が優勢だと、戦局判断AIは言っています」


「そのAIこわれてるよ!」


 確かにぶっ壊れていた。キョウの挑発に載せられてしまうくらいには。


 細い目がジョーズの口のように大きく開き――。


「ぶっ殺す」


 いろはがキョウの下へと歩いていく。そこには笑みがあった。ピエロのような凄惨せいさんな笑みである。


 ミズホは悟った。


 この人はクールビューティなんかじゃない、と。


 そしてキョウもキョウで、変わっている――ぶっちゃければ狂っている。全方位から降り注ぐ憎悪、いろはから投射される殺意もなんのその。


 にっこりと笑っていた。


「あはっ」


 それが合図となって、こぶしが振るわれる。


 ビッグバンにも匹敵するパワーが激突する――。


 いや、ならなかった。


 姉妹の間に、こぶしとこぶしの割り込む一匹の猟犬。


 彼が、くうん? と疑問形の鳴き声を上げた。


 少女たちの拳が高次元体にめり込む。


 その瞬間に起きたことは、筆舌に尽くしがたい。


 ムダにスケールのデカい宇宙開闢ビッグバンのエネルギーが猟犬に注ぎ込まれた瞬間、あわれ、猟犬は爆発四散。


 それだけではない。高次元体に衝撃波が伝わった瞬間、ほかの個体まで連鎖的に爆発し、それどころか、はるか彼方の猟犬の王の毛がすべて吹き飛ぶほどであった。


 鳴き声を上げる間もない。


 すべては1フレームにも満たなかった。


 対邪神用人型決戦兵器の初陣は、あっけなく終わった。

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