第4話

「さて」


 探偵のように行ったり来たりするいろは。そんな彼女を見上げるミズホは、椅子にがんじがらめにされていた。


 体をよじったりヒモを引っ張ったりしてみたが、ぜんぜん切れる様子がない。


 椅子ごと部屋を出ようとしたら、止められた。


「変人だと思われますので、やめた方がいいですよ」


「そっちのがよっぽど変だよっ」


「だから言っているのです。変なワタシをつくったあなたこそ最も変でしょう?」


 その「あなた」というのは未来のミズホのことだったが、しばりつけられている現在いまのミズホは、ジタバタするのをやめた。


「……なにするつもり」


「拷問するわけではありませんから、安心してください」


「今までやってきたことを振り返ってほしいんだけど」


「えーとね、せかいめつぼー? の原因を探ってるんだよー?」


「そうです。ワタシたちはプログラムに従い、高尚で崇高すうこうなことを遂行すいこう中なのですから」


「無実の人間を尋問じんもんしようとしているようにしか見えないよっ」


「確かに。ですが、あなたも悪いのですよ」


 ニヤリといろはが口角を上げた。世界滅亡を止める兵器というよりかは、ラスボスのような笑みだった。


「ワタシたちのことを受け入れてくれないのですからね」


「いきなりやってきたやつを受け入れろっていう方が難しいでしょ。それに――」


 ミズホは口をモゴモゴさせながら、床に転がっている同人誌を見た。


 部屋の角からは、もやのようなものが上がっている。それはイヌの頭をかたどって、ヘッヘッヘと同人誌をながめていた。


 ミズホはぎょっとして、背もたれに倒れた。


 さっき逃げて行ったやつだ。


「それに?」


「や、なんでも……」


「変ですね。そのように口をアワアワさせているときは、隠し事をしているときと相場が決まっております」


「誰のさ」


「もちろん、愛しのミズホのですよ」


 キョウがトテトテやってきて、動けないミズホの頭をよーしよしよしとでてくる。


 照れくさかったが、撫でられるのは気持ちよかった。


「……首を触られているネコみたいな顔してますよ」


「し、してないけどね!?」


「していました。あーあ、ずるいなあ、キョウはそういうところがずるいです」


「したいならやればー?」


「ワタシがやったら、これまでにきずいてきたクールビューティというキャラが崩れてしまうではありませんか」


「…………」


「ミズホ、何か文句でも?」


 その眼光は、クールビューティというよりかはアサシンのそれであった。


「な、なんでも! それより放してよっ


「ダメです、ワタシたちのことを知ってもらうまでは」


「そうそう。キョウたちのことを好きになってもらわなくちゃ」


「好き好き大好き愛してるっ! だから帰ってよ!」


「イヤです。愛が感じられません」


 スタスタといろはがやってきて、ミズホの太ももの上にまたがる。


 文句を言おうとして、いろはの人差し指に止められた。


 くちびるに触れた指が、ほんのりと温かい。


 直後、それよりももっと熱くてずっと柔らかいものが、頬に押し付けられた。


「これが愛ですよ」


 ミズホは頬に手を当てる。

 

 メルトダウンを起こしてしまいそうなほどの熱が、脈打っていた。


「あ、え」


 爆発しそうな頭をなんとか動かし、いろはを見れば、ぺろりと唇をめていた。


 蠱惑こわく的なしぐさに、ミズホの息が止まった。


「ほら、舌を出してください」


「舌――」


 ミズホのCPUは愛というウィルスに侵され、言われるがままに舌を出す。そこに、いろはの口が覆いかぶさってきて――。


「えっちなのはダメえぇぇぇっ!!!!!!」


 本日二度目の大声がとどろいた。


 ブラジルの向こうにまで聞こえんばかりの声量。キョウの声は、南極に眠る邪神を起こし、部屋の角の猟犬をふるえ上がらせた。


 もちろん、近くにいたミズホの鼓膜もビリビリ震えた。


 脳が強制終了シャットダウンし、再起動。


 目の前には、覆いかぶさってくるいろはの顔。その目は閉じられていた。


「わっ」


 ミズホがカラダをのけぞらせれば、ギギギっと椅子が悲鳴を上げる。


 パチリと水晶のような目が開いた。


「キョウ、これまでで一番バッドなタイミングですよ」


 その声には、不満と、大量の怒りがひそんでいる。


 思わず、ミズホは悲鳴を上げた。彼女たちが来る前にトイレにいっていたのは幸運だった。でなければ、もらしていたに違いない。


 それほどまでの怖さが、今のいろはからは迸っていた。


 部屋の角にいた猟犬も、思わずしっぽを巻いて逃げ出すほどのプレッシャー。


 キョウは頬をふくらませながら、仁王立ちしている。バックに炎が見えそうな迫力があった。


「お姉さま、抜けがけはよくないって言ったよね」


「さあて、いつだったかしら」


「さっきだよ、もうボケちゃったの?」


 視線と視線がぶつかる。


 火花どころではない。核爆発にも似た閃光と爆裂音が飛び散ったかのようだ。


 爆心地にもっとも近い場所にいたミズホは、震え上がった。


 このままだと、世界が崩壊しかねないんじゃなかろうか。


 邪神が世界を滅亡させるよりも前に、この対邪神なんちゃらが壊してしまうのではないか。


 そんな予感が脳裏をよぎったものの、JKにはどうすることもできなかった。


 兵器二人がまき散らす威圧感プレッシャーは、ヒト一人では支えきれるものではない。――もちろん、先ほどから出たり現れたりしている猟犬一匹にも。


 だが、猟犬はミズホとは違った。


 部屋のありとあらゆる角、鋭角という鋭角から、猟犬たちが飛びだした。

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