第2話

「黒い髪が、くれいろは」


「イグザクトリー《そのとおり》」


「白い髪のそっちが大神おおかみキョウ」


「うんっ」


 ミズホの前には、正座のいろはと女の子座りのキョウがいる。


 しげしげ眺めてみても、ヒトの姉妹のようである。


「まず聞きたいんだけどさ」


「なんなりと。お聞きになりたいのはスリーサイズでしょうか。それともへき? ワタシは好きな人を拘束するのが――」


「違うから」


「ではなんですか。それ以外に面白いものなんてなさそうですが」


「めっちゃあるよ! あなたたちって人間じゃないの?」


 いろはとキョウが顔を見合わせる。その顔に貼り付けられていたのは疑問符クエスチョンだ。


「とーぜん!」


「違います。この時間のミズホは知らないことなのですよ」


「待って。もしかして、未来のわたしが?」


「ええ。あなたには理解できないでしょうが」


「バカにしないでよ。……出産したんでしょ?」


「ボッチで処女ですからご安心を」


「べ、別に処女でもいいし……」


 と言いつつも、ミズホの胸の中はモヤモヤしていた。


 それを見透かすように、いろはは笑い、


「とにかく、ワタシたちは貴女あなたにつくられた対邪神用人型決戦兵器なのです」


「どっかで聞いたような名前だ……」


「元ネタですからね。ちなみにワタシは1番機」


「キョウが2番機なんだー」


「……頭痛くなってきた」


 ミズホはそれほど科学に通じているわけではない。さっき放りなげてしまった同人誌だって、学園ラブコメである。


 ちらりと、転がったままの同人誌を目だけで見る。


 ――どうにかして回収できないかな。


「いかがいたしました?」


「へ!? べ、別に。ホントに人間じゃないのかって思っただけで」


「ワタシたちは原子力兵器なのですから、人間ではありませんね。人間というのが、セックスによって生み出されるものであると定義した場合ですが」


「…………」


「おや、顔を赤らめていかがいたしましたか。もしかしてセッ――」


「だまらっしゃい!?」


 ミズホは、わけのわからない雄たけびで、セから始まる言葉を連呼しようとしたいろはを遮る。


「わかった、わかったよ。信じるからっ」


「安心いたしました」


 いろはがニコリと笑う。ライオンがふと見せるネコのようなかわいらしさに、ミズホの心は高鳴った。


「わたしのかくゆうごうろ? もポカポカするねっ」


「……バカみたいな感想ですわね」


「なにおうー? いろはお姉さまは、わたしにまけてるのが悔しいんだ?」


「悔しいなんてことは一切ありません。身長も、オツムも、おっぱいもワタシが優っていますからね」


 バチンといろはがウィンク。ミズホは俯いた。


 たゆたゆといろはの胸が揺れている。そのやわらかなふくらみは、あまりに強調されすぎていた。


「……乳牛」


 ぽつりと声が聞こえた。いじけたような声だった。


「ホルスタイン、乳でかおばけーっ!!!」


嫉妬しっとですか」


「嫉妬じゃないもんっ。事実を言ってるだけだもん」


 少女二人が睨みあう。


 その視線だけで世界が滅びそうだった。


「と、とにかく。兵器ってことはわかったけどさ、ホントなんでわたしんとこに?」


 姉妹の視線が、ミズホを向いた。


「マスターに会うためだよー」


「マスターって?」


「そりゃあ貴女ですよ」


「わたし? は、なんで?」


「聞いてばかりいないで、少しは自分で考えたらいかがですか」


「わからないから聞いてるんでしょうが!」


 声を荒げれば、いろはがクスクス笑う。


 ミズホの頬がかあっと熱を帯びた。


「初々しいミズホもかわいいですね」


「だねっ。抱きしめちゃいたいくらいっ」


 ぎゅーっと捕まえたままの猟犬りょうけんとやらが、キョウの細腕によってがっしりホールドされる。口からは、悲鳴まじりの唾が飛んだ。


「やめてください汚らしい」


「ええーかわいいのになあ、ねえケルベロス?」


 ケルベロスと呼ばれた猟犬が、首をぶんぶん振っている。今すぐ放せといわんばかりに丸太のような前腕が空をかいた。


「ほら、よろこんでる!」


「怒っているようにしか見えないんだけど……」


「ミズホの言うとおりです。放しなさい。キャッチアンドリリースです」


 キョウは、一度ミズホを見、それから、ケルベロスを開放した。


 次の瞬間には、その化け物は逃げるように、机の上のアクスタに消えていった。


「うわっ」


「猟犬は鋭角から高次元を行き来するのですよ」


「アクスタ、くさくなってないよね!?」


 推しのアクスタに駆け寄り、ミズホは言った。


「……ワタシが言うのもなんですが、それはどうかと思いますよ」


 そんな言葉も、ミズホはほとんど聞いていなかった。

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