第24話 帰還命令
アレクの言葉に、シルムは一瞬息を吸い込んだ後、静かにうなずいた。
「そうか」
レゼフィーヌは、アレクが呼び戻された時点でそうなるではないかと予想はしていた。
だがいざ本当にシルムと離れるとなると、ちくちくと胸が痛んだ。
アレクは小さく咳ばらいをして続ける。
「国王陛下には私のほうからシルム殿下のレゼフィーヌ様への気持ちを伝えました。陛下はシルム殿下が戻って来るのであれば婚約者をリリア様からレゼフィーヌ様に戻しても良いと言っておられます」
「本当か!?」
シルムは勢いよく振り返りレゼフィーヌの顔を見た。
「聞いたかい、レゼ。父上も僕たちのことを認めてくれるそうだ。後はレゼの気持ち次第だよ」
「私の気持ち……」
レゼフィーヌは言葉に詰まった。
一言自分を嫁に貰ってくれと言うだけなのに、長年意地を張って生きてきたせいか、その言葉がなかなか出てこない。
嫌なわけではないはずなのに――。
レゼフィーヌは素直になれない自分の心を呪った。
「お願いだ、君の望むものならなんでもあげるから」
シルムが懇願する。
私の望むもの?
レゼフィーヌが戸惑っていると、エマ婦人も真面目な顔になる。
「このまま妹にすべてを奪われてもいいのかい?」
エマ婦人に言われて、レゼフィーヌははっと顔を上げる。
そうだ。決めたじゃない。
これからは自分が失ってきたものを取り戻すって。
自分の望みをすべて叶えるんだって――。
レゼフィーヌは少し考えた後、重い口を開き結論を出した。
「分かったわ。私、あなたと結婚する。その代わり、私に魔法学園の理事長の座をちょうだい」
レゼフィーヌはシルムと結婚するのは良いが、妃の座は望んでいない。
レゼフィーヌが本当にやりたいこと、それは魔女の育成に関わることだった。
一講師では自分の自由に生徒に教えることができるとは限らないが、理事長ならば自分の理想の教育をできるかもしれない。
なので理事長の座を望んだのだが――さすがにそれは強欲すぎるだろうか。
「どうかしら」
レゼフィーヌがシルムをじっと見ると、シルムはぱあっと顔を輝かせた。
「えっ、そんなことでいいの? それならお安い御用だよ」
シルムは大きく手を広げて勢いよくレゼフィーヌを抱きしめた。
「レゼ~~! ようやく僕のお嫁さんになる決心がついたんだね。嬉しいよ!」
「ちょ、ちょっとシルム。どさくさに紛れて何してるのよ、あなたは!」
レゼフィーヌは顔を真っ赤にしてシルムを突き飛ばした。
腕を組み、横を向くレゼフィーヌ。
「全くもう」
レゼフィーヌが慌てていると、アレクがゴホンと咳払いをした。
「それから国王陛下が、王宮に戻る際には一度アリシア侯爵家に立ち寄るようにと」
「アリシア侯爵家の城に? いったいどうしてだい」
シルムが尋ねると、アレクが言いにくそうに答える。
「どうやら国王陛下のもとにアリシア侯爵から手紙が届き、その文によるとどうやら末の娘――ポーラ様の具合があまり良くないらしいのです」
アレクの説明に、レゼフィーヌは声を上げた。
「ポーラが?」
「はい。そこでレゼフィーヌには魔女の力でポーラの病を治してほしいと。そうすれば許嫁の変更も認めるとのことです」
ポーラの具合が良くない?
レゼフィーヌは少しの間考えこんだ。
またあの継母やリリイ、自分を森に追放した父親と顔を合わせるのかと思うだけでレゼフィーヌは気が重くなった。
けれどあのお披露目パーティーの日、赤ちゃんだったポーラには確かに黒い瘴気が纏わりついていた。
ポーラにはレゼフィーヌが薔薇の精霊を授けて加護を与えたのだけれど、あれはもう七年も前のことだ。
ひょっとしたら薔薇の妖精の力が弱まってきているのかもしれないし、当時のレゼフィーヌは十歳だったから力が不十分だったのかもしれない。
今のレゼフィーヌならばもっと強い防御魔法を張ったり、あるいはあの瘴気を追い払うことも可能かもしれない。
「大丈夫かい? 君が嫌なら、別に無理して侯爵家に戻らなくてもいいよ。王家の権力のほうが強いんだし王太子の命令で無理矢理許嫁を変えても――」
レゼフィーヌの顔色が変わったのを見て、シルムは提案する。
よく考えたら実の娘をこんな森に長い間放置しているのはおかしいし、実家と何かあったと考えるほうが自然だ。
シルムはレゼフィーヌのことが心配になった。
けれどレゼフィーヌは首を横に振る。
「いえ、私はシルムと一緒に一度アリシア侯爵家に戻ってみようと思うわ」
「えっ、本当?」
「ええ。ポーラの様子が気にかかるし」
レゼフィーヌは窓の外で強く咲き誇る真っ赤な薔薇を見つめた。
そうだ。いつまでも過去に囚われていて逃げていちゃいけない。
私が行ってポーラの呪いを解いてみせる。
妹の命を助け、シルムとの結婚も認めてもらう。
レゼフィーヌは七年ぶりに生まれ育ったアリシア城へと戻る決心をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます