第21話 ふたりの夜

 野菜を切るような小気味良い音がし、植物モンスターは横に真っ二つになる。


 シルムの剣で切り付けられ、体を締め付けるツルの力が一気に弱まる。


 レゼフィーヌの体は宙に放り出された。


「レゼ!」


 シルムが駆け寄ってきて、投げ出されたレゼフィーヌを素早く受け止める。


 シルムはレゼフィーヌの体にしっかりと腕を回すと、小さな子猫でも抱えるかのように優しく抱きしめた。


「大丈夫?」


 腕の中にいるレゼフィーヌの顔を覗きこみ、優しい声をかけるシルム。


 美しい翡翠の瞳には小さな安堵の色が浮かんでいる。


 その瞳があまりに美しくて――レゼフィーヌは顔をそらした。

 

「ええ、ありがと。ちょっと油断したみたい」


 レゼフィーヌはシルムに地面に下ろしてもらうと、ゲホゲホと咳をしながら切り伏せたモンスターを見た。


 真っ二つになってはいるけど、ツルがまだうねうねと動いている。


「ここを見て」


 レゼフィーヌは先ほどシルムが切ったツルの断面を指さした。


「ここに緑の点があるでしょ、これが成長点。ここが残ってると植物系の魔物はすぐに再生するの。だからここより下を切るか一気に焼き払わないと」


 レゼフィーヌが解説をすると、シルムが感心したように目を丸くする。


「そうなんだ」


 レゼフィーヌは軽く右手を振り、先ほどと同じように魔法でモンスターを焼き払った。


 火炎が上がり、草の焼ける匂いがあたりに漂う。


「ふう、これでよしと」


 レゼフィーヌ額の汗をぬぐった。


「これでモンスターは全部退治できたかな」


「ええ、恐らく」


 魔物が消し炭になったのを確認すると、レゼフィーヌとシルムは道の傍らに寝せていた中年男性に駆け寄った。


「大丈夫ですか。立てますか?」


 レゼフィーヌが声をかける。


「いや、足が痛くて無理です」


 返答を受け、シルムが男性の足を見た。


「ちょっと見せてください……これは、凄い腫れだ。もしかして骨が折れているかも知れない」


 ズボンを捲ると、足は赤黒く腫れ上がっている。


 二人は急いで町の診療所へ連れていくことになった。


「うん、骨折だね」


 不愛想な医者が告げる。

 

 シルムの見立て通り、男性の足の骨は折れており、お医者さんに添え木で足を固定してもらった後、家まで私たちが送っていくこととなった。


「命に別状はなくてよかったね」


「ええ」


 骨折はしていたけれど、そんなに酷い怪我じゃなくてよかった。


 レゼフィーヌは薄暗くなり始めた空を見上げた。


「でもすっかり遅くなっちゃった」


「最近日が落ちるのが速くなったしね。急いで帰ろう」


 二人で夕焼けの薄明かりを頼りに元来た山道を戻り、家路へと急いだ。


 けれどほどなくして、辺りは真っ暗な宵闇に包まれてしまった。


「今日はこの辺で野宿しましょう」


 レゼフィーヌがくるりと振り返る。


 レゼフィーヌ一人ならば魔法で城まで帰れるが、シルムも一緒となると今の魔力を消耗し疲れた体では無理だ。


 かといってシルムを一人森の中に置き去りにするわけにはいかない。


 彼はこの辺りの道も分からないし、王太子なのだから何かがあっては大変だ。


 シルムはレゼフィーヌの提案に少しぎょっとしたような顔をした。


「えっ、でもテントとか野宿の装備は持ってきているの?」


「大丈夫よ、こっちへ来て」


 レゼフィーヌはシルムを森の奥へと案内した。


「見て」


 レゼフィーヌが指さしたのは、山の岩肌にぽっかりと空いた洞穴だった。


「以前もエマおばさんとここで野営したことがあるの」


「そうだったんだ」


 レゼフィーヌはカンテラに炎魔法で明かりをともし、岩肌のくぼみに置いた。


 洞穴の中がうすぼんやりと照らされる。


 洞穴内は意外と大きくなく、人ふたりがちょうど寝られるくらいのスペースになっている。


 レゼフィーヌはそこに敷布を敷き、簡易的なベッドにした。


「そうだわ、おばさまに連絡しないと」


 レゼフィーヌが指笛を拭くと、白いフクロウが現れる。


 レゼフィーヌは、魔物は倒したけれど、怪我人がいたから病院に連れて行ったこと、暗くなってきて夜道が危険なので野営することに決めたことを文にしたため、フクロウの足に結んで放した。


「これでよし……っと」


 次にレゼフィーヌとシルムは、辺りに散らばっている小枝を集めて焚火をすることにした。


 夜空に満天の星が広がる森の中、焚火の小さな炎が柔らかく揺れる。


 立ち昇る火花がパチパチと弾け、暖かな光が柔らかく辺りを照らす。


 レゼフィーヌは焚火に手をかざした。


 掌を通じて炎のぬくもりが体の芯まで伝わってくるようだ。


 横を見ると、シルムの白い肌が暖かな橙色に照らされ、瞳の中には炎が揺らめいている。


「……なんか、申し訳ないわね」


「え?」


「いえ、シルムは王子様なのに、こんなところで野営なんてさせちゃって」


 レエフィーヌが頭を下げると、シルムは目じりを優しく下げ微笑んだ。


「いや、そんなことない。とっても楽しいよ。僕は昔からこうして旅をするのが夢だったんだ」


「そうなの?」


「うん。それに、こうして二人で焚火を囲んでいるのがすごく心地いいなって」


 シルムは薪に乾いた小枝をくべた。小さくなりかけた炎が再び燃え上がる。


 夜風が木々の間をすり抜け、ざわざわと木の葉を揺らす。


「……だから、レゼ」


 シルムはまっ直ぐにレゼフィーヌを見つめて言った。


「僕と結婚してくれないか」

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