第20話 森の魔物

 結局、アレクは国王に呼ばれ、一度王宮に戻ってしまった。


 ひょっとしたら近々シルムも無理やり呼び戻されるかもしれない。


 レゼフィーヌは採れたばかりのハーブをオイル漬けにして瓶に詰めながら考える。


 でもそれならそれでいい。


 王宮に戻ってもっとふさわしい女性と結婚したほうがシルムにとっても絶対に良いはずだ。


 だって彼は、こんな森にいるべき人間ではないのだから。


 ――チクリ。


 そんなことは考えていると、レゼフィーヌは胸が小さく痛むのを感じて戸惑う。


 でもよく考えたら、ずっといた人がいなくなれば寂しいのは当たり前なのかもしれない。


 でもしばらくすればシルムのことも忘れるはず。


 そうすればこんな風に心を乱されることもなく元の魔女としての平穏な暮らしに戻れるはずだ。


 レゼフィーヌはそんな風に自分を納得させることにした。


「よし、できた」


 レゼフィーヌが瓶の蓋をしめ保存庫にしまっていると、扉が元気に開いてシルムが帰ってきた。


「ただいま。今日は果物がたくさん採れたよ」


 果物籠を手に、笑顔で城に帰って来るシルム。


「おかえりなさい。美味しそうね」


 レゼフィーヌは料理をする手を止め、シルムを出迎えた。


「あ、そうだ」


 シルムは採ってきた葡萄や林檎をテーブルに置くと、小さく声を上げて振り返る。


「どうしたの」


「そういえば、今日森で会ったおじさんが、隣町で奇妙な魔物に襲われそうになったって言っていたんだ。僕がいばらの城でお世話になっているって言ったら、魔女に退治してくれないか伝えてくれって」


「そうなの。それは心配ね」


 森で奇妙な魔物ってどんな魔物だろう。


 レゼフィーヌが不思議に思っていると、エマ婦人も口を開く。


「そういえば私もガヒの村で聞いたよ。パン屋のおばあさんの孫が隣町にいるんだけどに荷物を運んでいる途中に襲われて足を怪我したって」


「そう、それなら明日、私が退治に行くわ」


 エマ婦人は生活魔法や防御魔法には長けているものの、魔物退治は得意ではない。


 ここ数年は、そういった依頼はほとんどレゼフィーヌが引き受けていた。


 なので当然とばかりにレゼフィーヌが魔物退治を引き受けたのだが、シルムは少し不安そうな顔をした。


「レゼ一人で行くのかい? 危険だし、それなら僕も一緒に行くよ」


 レゼフィーヌは驚いてシルムの顔を見た。


「駄目よ。あなたが怪我でもしたらどうするの」


 アレクもいないし、一国の王太子にもしものことがあったら大変だ。


 だけれどレゼフィーヌの心配をよそに、シルムは胸を張る。


「大丈夫。剣の腕には自信があるんだ。レゼ一人で行くだなんて危険だし、嫌だと言っても無理やりついていくよ」


「でも……」


「いいから」


 それから二人はしばらくの間押し問答をしていたのだが、最終的にレゼフィーヌはシルムのしつこさに根負けし、結局二人で魔物退治に行くことになった。


「勝手になさい」


「やったぁ」


 次の日、レゼフィーヌは早朝からシルムと共に隣町に出発した。


 隣町とはいっても、山ひとつ越えた向こう側にあるので行くのに時間がかかるためだ。


 急いだかいもあり、昼過ぎにはレゼフィーヌたちは隣町に着いた。


「おかしいな、この辺のはずなんだけど」


 シルムが首を傾げながら道をぶらぶらと歩く。


「何もいないわね」


 レゼフィーヌも腕を組み辺りを見回した。


 レゼフィーヌたちの住むいばら城の周りの森には、エマ婦人の結界が貼ってあるため、魔物はめったに近づけない。


 けれどこの辺りはその結界のちょうど外側にあたる。


 その上魔物が出ると噂されている峠は、森の中ではあるけれど、王都へと続く道路も通っていて人の行き来も多い。


 もし危険そうな魔物なら早く退治しておかないといけない。


 レゼフィーヌは口元をきゅっと引き締めた。


「確かに魔物の気配はするけれど、どこかしら」


 レゼフィーヌとシルムが辺りを警戒しながら歩いていると、急に誰かの叫び声が聞こえた。


「うわあーっ。た、助けてくれーっ!」


 レゼフィーヌとシルムは顔を見合わせた。


「行ってみよう」

「ええ」


 二人で声のするほうへと走る。


 程なくして、巨大なツルを持つ植物モンスターに捕まっている男性が目に入ってきた。


 横にはモンスターに壊されたであろうキノコの入った籠が転がっている。


「いけない。なんとかしないと」


 レゼフィーヌが呪文を唱えようとするとシルムが剣に手をかけた。


「ここは僕が」


 金属がこすれる鋭い音がし、シルムが剣を抜く。


「でやっ」


 シルムは植物モンスターのツルを一刀両断し、男性はドサリと地面に落ちた。


「大丈夫ですか?」


 レゼフィーヌとシルムはモンスターに襲われていた男性に駆け寄った。


「ええ、おかげで助かりました」


 シルムは、恐怖で腰の抜けたおじさんに肩を貸し、安全なところまで移動させた。


「さてと」


 レゼフィーヌは目の前の魔物に向き合った。


 身長はレゼフィーヌと同じくらい。うねうねと茎や葉をくねらせるツル性の植物モンスターだ。


 良かった。大きさは大きいけど、そんなに厄介な敵じゃなさそう。でも――。


 レゼフィーヌはじっと目の前のモンスターを見た。


 この辺によくいる普通の植物モンスターに見えるが、何かが変だと感じる。


 普通はこのモンスターは足の膝位までしか成長しないはずだし、それに何か黒い霧のような瘴気に覆われている。


 レゼフィーヌはこの気配を以前どこかで感じたことがあるような気がした。


「レゼ、どうかした?」


 シルムに声をかけられ、レゼフィーヌはハッと気を取り戻す。


「い、いえ、何でもないわ」


 レゼフィーヌは疑問に思いながらも炎魔法で一気に植物モンスターを焼き払った。


「ふう」


 一息つき、額の汗をぬぐうレゼフィーヌ。


 レゼフィーヌが油断していると、急に後ろからシルムの声がした。


「レゼ、危ない!」


「えっ」


 気が付くと、レゼフィーヌは背後にいたもう一匹のモンスターのツルに体を巻き付かれていた。


 ウソ。もう一匹いたの⁉


 レゼフィーヌは慌てて呪文スペルを唱えようとしたけれど、胸をぎりぎりと締め付けられていて声が出せない。


 苦しい。誰か助けて……。


 レゼフィーヌの意識が遠くなりかけたその時、シルムの声がした。


「レゼ、大丈夫か!?」


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