第22話 ゆらめく炎
求婚されたのは、二度目だった。
ただ、一度目に求婚された時とはレゼフィーヌの心境はまるで違っていた。
木漏れ日を透かしたような透き通る緑の瞳に、戸惑うレゼフィーヌの顔が映る。
レゼフィーヌの脈が速くなる。熱い血が全身に巡るのを感じた。
何か返事をしないと。
レゼフィーヌは口を開こうとしたけれど、乾いた息しか出てこない。
「で、でも」
「君は嫌かい?」
シルムの言葉に、レゼフィーヌは慌てて瞳をそらした。
「嫌というわけではないけれど……あなたはリリアと婚約しているでしょう?」
「それは親同士――というか国同士の取り決めだろう? 君もれっきとしたアリシア侯爵家の令嬢なんだから、君と結婚しても問題はないはずだ」
「それはそうだけど――」
二人でしばらく見つめ合った後、レゼフィーヌは下を向いて足元の石をじっと見つめた。
最初に求婚された時よりも、レゼフィーヌの心は揺らいでいた。
自分の気持ちが分からない。
シルムが嫌と言うわけではなかった。
でも今のレゼフィーヌには自分が森から離れ王妃として暮らすというのが全く想像できなかった。
黙り込んでしまったレゼフィーヌの手を、シルムはぎゅっと握りしめる。
「もし君がここを離れたくないのなら、僕も一緒にここに住むよ」
シルムの言葉に、レゼフィーヌは驚き顔を上げる。
「えっ、そんな。だってあなたは一国の王子でしょ」
「後継ぎなら弟のレシムでもいい。でも僕には君しかいないんだ。君のためなら国も捨てる覚悟だよ」
「シルム……」
シルムは優しくレゼフィーヌの背中に手を置いた。
「返事はゆっくりと考えるといい」
「……うん」
レゼフィーヌは目の前の紅く燃える炎に視線を戻した。
まるで焚火の炎のように、レゼフィーヌの心は熱く揺れ動いてた。
遠くでフクロウが鳴き、三日月が夜空を照らす。
森はいつの間にか夜の闇にすっかり包まれていた。
パチ……パチ。
レゼフィーヌは焚火の中で小さな枝がはじける音で目を覚ました。
レゼフィーヌとシルムは、交代で火の見張りをしながら一夜を過ごすと決めていた。
――そろそろ見張りも交代の時間かしら。
そう思いレゼフィーヌがふと横を見ると、シルムが座ったまま膝を抱え眠っていた。
子供のように安らかな寝顔に、レゼフィーヌはクスリと笑い、ずり落ちていたブランケットをかけてあげた。
レゼフィーヌは燃え盛る炎を見ながら、ふと昔のことを思い出した。
***
「今日はどこで遊ぶの?」
いつものように城に遊びに来たシルムがレゼフィーヌに尋ねる。
「そうねえ、裏山に生えてる大きな木に登ってみない? 今日は空が高くて綺麗に晴れてるから、きっと風が気持ちいいと思うの」
レゼフィーヌが提案すると、シルムは緑の瞳をキラキラと輝かせた。
「いいね、行ってみたい!」
雨の日に出会った二人は、その後何回かアリシア侯爵家のお城で一緒に遊んでいた。
かくれんぼをしたり、裏山に生えている珍しい花や虫を一緒に探しに行ったり。
「こっちよ」
お抱え魔導士の張った結界をこっそりと解除し、くぐり抜けると、子供一人通れるほどの破れた柵の隙間からけもの道を通り、二人で裏山へと向かう。
やがて二人が両手を広げてもつかめないほど大きな幹の、葉っぱをグンと大きく広げた大木が見えてきた。
「わあ、大きい!」
シルムがぽかんと大きな口を開けて木を見上げる。
「さっそく登ろう」
木登りに慣れているレゼフィーヌが先に木に登り、シルムの手を取ってぐいと引き上げる。
「ありがとう」
さわやかな笑顔でお礼を言うシルム。
シルムの額にうっすらと汗が光っているのが見えた。
「いいの。それより見て」
レゼフィーヌは木の上から見える景色を指さした。
「わあ」
シルムの瞳が一気に色を帯びる。
木の上からは、王宮や城下町、遠くに広がる海まで都の様子が一望できた。
「すごい。こんな景色見たの初めてだ」
「でしょう?」
レゼフィーヌが得意になっていると、シルムは青く光る屋根の王宮を指さした。
「見て、あそこが僕の住むお城だよ」
「知ってるわ」
レゼフィーヌは答えた。
あの雨の日の出会いの後、レゼフィーヌは何度も父親であるアリシア侯爵に聞かされた。
シルム殿下はゆくゆくは国王になる王太子。
頑張って婚約者候補にまでこぎつけたのだから、くれぐれも失礼はないように。
シルム王太子殿下に好かれるように、立派なレディらしく振舞うこと。
でもレゼフィーヌは嫌だった。
シルムはレゼフィーヌに初めてできた友達だった。
友達にそんな堅苦し態度で接したくない。
「ゆくゆくは君もあそこに住むんだね」
シルムが笑顔で王宮を指さす。
それを見て、レゼフィーヌは浮かない顔になった。
「シルムは嫌じゃないの?」
レゼフィーヌが問うと、シルムはキョトンとした顔で首を傾げた。
「何が?」
「何がって、結婚相手だとか将来のことが親や周りに勝手に決められているのって嫌じゃないの? 一国の王様になるだなんて大変なことでしょ」
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