16:アイドル/アイドル

 どうしても、叶えたい夢がある。


「わたし、アイドルになりたい」

「意外だな。そして偶然だ。俺もだよ」


 夕暮れの河川敷で幼馴染と並んで歩きながら話す。

 そっか。颯太もアイドルになりたいんだ、意外。運動もできるし明るいし、クラスの中でも人気者なのに。

 他にやりたいことなかったのかな。


「他にやりたいことなかったの?」


 心の声がそのまま漏れる。

 何も考えずに反射で会話ができるこの関係性はなかなかありがたいものがあるよね。


「俺にぴったりだと思わん? アレやってみたいんだよな。オーディションとかで“友達が勝手に応募しちゃってぇ”ってやつ。なぁ、恵美。ちょっと書類送ってみてくんねぇ?」

「いーやーよ。わたしはアイドルになるんだから」


 颯太が首をかしげる。

 なによ。なにかおかしなこと言った? わたし。


「恵美もアイドル目指すんなら。オーディション受けるんじゃねえの? 養成所とかに入るつもりか?」

「アイドルに……養成所?」


 何を言ってんの?


「何を言ってんの?」

「お前それ、心の声そのまま漏れてるやつだろ」

「颯太だからいいかなって」

「まあ許してやるよ。未来のアイドルは心も広くないとな」

「……そう? 他人と触れ合うことあんまりなくない?」

「まぁ、今じゃVtuberとかもあるし配信をメインにするってのもアリといえばアリか」


 今度はわたしが首をかしげる。

 わたしはアイドルになりたいって言ってんのにさっきから会話がかみ合ってない気がする。オーディションとか。Vtuberとか。

 人前に出る? 配信する? 何を?


「ねえ、颯太。わたしアイドルになりたいんだけどさ」

「おう、だから俺もだって」

「だよね? え? アイドルって何かしなきゃいけないの?」

「おん? 歌って踊るだろうが。さっきから何かおかしくねえか」

「わたしもおかしいと思ってるから、おあいこだね」


 びし、と颯太の軽いグーパンがわたしの頬に炸裂する。


「顔はやめてよ。アイドル(仮)よ」

「おかしさの原因を投げ捨てんな。かみ合ってないって言ってんだろうがよ」


 もう、めんどくさいなあ。原因の究明とか、アイドルに一番あるまじき行動だと思うんだけど。


「恵美の言ってるアイドルって、歌って踊ったりするやつじゃないよな?」

「するわけないじゃない。アイドルよ?」

「さも常識みたいな顔してるけど、常識サイドにいるの俺だからな?」


 そうかなあ。


「そうかなあ」

「疑問の余地はないからな? で、恵美の言うアイドル……ややこしいけど、それは別にキラキラしてないんだな?」

「してない。でもみんな憧れるでしょ。アイドルって」

「ええい、やめろ。妙に共通点作ろうとすんな。ダメだ。全然わけわかんね」

「……あっ」


 あっ。


「もしかして颯太の言ってるアイドルって、こう、ライブとかしたりしちゃう感じ?」

「俺は最初からそのつもりで話してんだよな」

「そりゃあ嚙み合わないに決まってるじゃない。アイディーオーエルが綴りのやつでしょ? 颯太が言ってるの」

「逆に聞くがそれ以外にあんのかよ」


 わたしの人生の設計図にあまりにも無関係すぎてそこに気が付くのに時間がかかってしまった。あんな煌びやかに夢を見せる世界はわたしには無理だ。

 あ、なるほど、じゃあ颯太にはぴったりかもしれない。運動できて人気者だもんね。


「わたしが言ってるのは、アイディーエルイーでidleだもん」

「意味は?」

「のんびりした人」

「俺のと真逆じゃねえか」


 待機状態とかのことをアイドル状態とか言うし。駐車場ではアイドリングストップはやめてね、とか張り紙してあったりするし。わりと浸透してる言葉だと思うんだけど。


「つまり恵美は何もしない人になるのが夢なのか?」

「そう。いやまあ、正確には待機状態でいたいというか。何もかもを待っているといいますか。つまり、自分からは絶対に動かないぞ、と」

「どういうことだよ」


 へいへーい。ちょっと鈍いんじゃないかなぁ。颯太君。

 くらえ、怒りのグーパン。


「バカお前。顔はやめろ顔は。アイドル(未)だぞ」

「わたしの夢。忘れてないでしょうね」

「……おう」


 べたな話だけど、大昔に交わした約束ってやつよね。いつだったっけ。小学校に入る前だっけ?


「お嫁さんにしてくれるんでしょ。だから、颯太がちゃんと言ってくれるまでわたしは待機アイドル状態で待ってるって話」


 颯太が顔をそむけてがしがしと頭をかく。

 やーい、照れてやんの。


「やーい、照れてやんの」

「面と向かって言われると、まぁ、その、どうにも。うん。アレだな」

「いいじゃん。夢を見せてくれるのが颯太の言うアイドルなんでしょ」

「わかったわかった。善処するよ」

「じゃあ、オーディションの書類は勝手に出しといてあげる」


 颯太の大きな手のひらが、わたしの頭を撫でて。

 そしてさわやかな笑顔で「おう、よろしく」と笑った。


 夕暮れの河川敷に、わたしと颯太の影が長く伸びていた。

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