13:アイドルになった理由

「お母さん」


 そう呼びかけても、返事はない。

母の部屋に足を踏み入れると、そこには整理途中の荷物が無造作に置かれていた。

 床に散らばる写真の中に、ある女の子のものが目についた。私の写真よりも多くて、しかもとても綺麗な子だ。スタイルも良くて、まるで別世界の人みたいに感じる。お世辞抜きで、かわいい。


 母はSNSやデバイスに詳しくて、私が好きなミュージシャンの推し活も、色々と知識を教えてくれて助けられていた。でも、この女の子は一体誰なのだろう?

 不思議に思って、ネットで検索してみた。


 すぐにわかった。その子は地下アイドルの橘花莉子(たちばな りこ)、私より2歳年上のアイドルだ。

 映像やSNSも簡単に見つかり、グループ内ではセンターではないものの、緑のイメージカラーで多くのファンに愛されているらしい。


 写真には母と莉子のツーショットもあった。時々母が出かけているとき、莉子のライブに行っていたんだろうか。 

 お互いに干渉しない距離感を保ってきたけど、母が推し活をしている姿を想像すると、なんだか照れくさい気持ちになる。



 部屋を見回すと、ギフト袋や手書きのメッセージカードもあった。

「いつもギフトありがとう」

 ……ギフトって、何のことだろう?母は私にはあまり何も買ってくれなかったのに。私が欲しいものをねだると

「バイトで買えるでしょ」

 って、そう言われたっけ。思えば、母と一緒に写真も撮ったことがない。


 ふと、両親が離婚した頃を思い出す。高校卒業とほぼ同時に、母は父と別れた。

 そこから私たちは切り詰めた生活を始め、私はバイトを掛け持ちして自分で生活費を稼ぐようになった。

 その頃、母がこんなにアイドルを応援していたなんて、まるで知らなかった。


 さらに調べると、莉子が活躍し始めたのはちょうど4年前、両親が別れた時期と重なっていた。


 祖母から聞いたあの話が頭をよぎる。

「あの女は、父さんに拾ってもらったんだよ」


 母が父と出会う前、一度結婚していたということは本当だったのか。そして、莉子のグッズの中に紛れていた赤ちゃんの写真……。あきらかに若い頃の母が、その赤ん坊を抱いている。


 さらにネットで調べると、莉子がテレビで披露した「幼少期の写真」として紹介されていたものと一致した。つまり、母は莉子に貢いでいた。自分が産んだ娘に、アイドルとして贈り物をしていたんだ。


 母のスマホがテーブルに置かれている。今なら全てがわかるかもしれない。けれど、真実を知ってどうなるのだろう?  

 そう思って、手を伸ばすのをやめた。


 しばらくして、莉子の所属するアイドルグループがオーディションを開催することを知った。今のバイトだけでは生活が苦しくて、何か変えなければと思っていた。

 調べてみると、大手音楽会社の関連会社が運営しているグループらしい。もしかしたら将来も開けるかもしれない。

 でも、私の目的は違う。


 

 覚悟を決めてオーディションを受けると、意外とすんなりと通ってしまった。あの子と同じ血が混ざっているから、化粧してスタイルを整えれば、それなりに見られる容姿になったのかもしれない。少し垢抜けない感じも、逆に青田買いとして評価されたらしい。


 そして、私はついに莉子と同じグループに加入した。


 デビューライブの日、母が来ることを知っていた。彼女がどんな表情でこのライブを見守るのか、考えるだけで胸が高鳴る。


「さあ、私と莉子、どっちを推すの?」


 ステージのライトがまぶしい中、私の心は母に届くように叫んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る