12:鉄壁防御スマイルプリンス

 王城のバルコニーから民衆を見渡す。鍛え抜かれた表情筋で笑みを作り手を上げた。


 期待の眼差しを受けた俺は腹の底に力を入れて声を作る。


「王国の安寧は国民の支えがあってのもの。みなに感謝を捧げたい」


 横目で指揮者の合図が見えた。

 ああ、始まってしまう。しかし俺は止めることが出来ない。


 前奏を聞いた瞬間ポーズを取る自分の体が憎い!

 そんなことはお構いなしに盛り上がる民衆に向けて俺は笑顔を振り撒いた。


「新曲、『ミラクルプリンス』行くぞ!」


 沸き上がる声援に目が死にそうになる。しかし、俺は素を見せてはいけない。先代の伯父上もやりきった。俺でこの制度を終わらせたら文字通り国が滅びる。


 とにかく踊り、歌い、そして笑え。

 雑念は捨てて民の幸せを願え。


 俺の存在意義はそれに尽きる。



  §



 汗だくの体を清めてようやくプライベートの時間になった。


 日中の羞恥プレイを思い出し俺は顔が真っ赤になった。ベッドで転げ回りたいものだ。

 そんなことをすればあいつを喜ばせるだけだから絶っっっ対やらんがな!


 訪問のベルがなり客間に出る。夜着の上にローブを羽織った程度だかどうせあいつだろうから問題はない。


 ソファに陣取っているのは一見すると従者風の男。地味な黒髪で存在感は薄い。しかしその目は見るものが見れば狂気を孕んでいると分かるだろう。


「『君の瞳にシューティングスター♪』」

「やめろっ!」

「本日も殿下のステージはよう御座いました。このMWP、感無量で御座います」


 本当に感涙の涙を流し何処ぞへ祈りを捧げる姿に鳥肌が立つ。強要されている俺の意志を考えない悪魔、いやろくでなしの神だ。


 悪神は涙を拭うと一瞬で真顔に切り替わる。


「今回のアイドル力で天蓋の結界は修復されたようですね。さすが英才教育の賜物と感心しております」

「キモい」

「アイドルがその様なことは言いません! はい、スマイル!」

「もう今日はやらん! 休ませろこの悪魔!」

「悪魔ではありません! ミルキーウェイプロデューサー、略してMWPで御座います!」

「お前の名前なぞどうでもいいわっ!」


 伯父上、どうしてこのような輩を招来したのですか。いえ、伯父上が青春を捧げてこの国をお守り頂いたことには感謝の念が絶えませぬが、せめて一代限りの契約にしていただけたならば。

 伯父上、貴方が隠居して満足するような輩かどうかはご存じだったのではないでしょうか。


 どうにか発狂する悪神を追い返しソファになだれ込んだ。


 悔しいがあの悪神の力だけは本物だ。あれによって張られた結界は魔物も王家に敵意ある人間も弾く。ゆえに反乱の心配は当分なく、他国と比べても治安が良い。


 しかし、強大な力には代償が付き物だ。悪神は対価として『みんなのアイドル』なる者を要求した。


 当時の俺は幼児で事の重大さは分からずとも、異様な空気が城内に漂っていたことは覚えている。

 そして、伯父上の次に指名されたのが俺というわけだ。金髪碧眼がアイドルにふさわしい、と悪神はほざいた。


『みんなのアイドル』は民衆の為を想い、鼓舞し、日々の生活に潤いを与える存在。種々のレッスンにより礼儀作法を無視した振る舞いを身に付けさせられた……事情を知る貴族からの評判は「お労しや殿下 」だぞ!


 見目の良い子息はこぞって俺の側近候補から外された。被害拡大を防ぐためだろう。父上も不敬と咎めはしなかった。


「人生が滅茶苦茶だ」


 懊悩していると年かさの側近から差し入れがあった。


「殿下、本日の贈り物です」


 盆の上には庶民からの手紙の山。予め誹謗中傷の類いは選り分けられている。

 悪神の方針で直接俺の元に届くこれらに目を通すのもアイドル としての仕事の内だ。


 お世辞だろう文面が溢れるなか、質の悪い紙に書かれた字が目に留まる。

【おうじさま、かっこいいです。】【げんきがでる。いっしょうけんめい、おれたちもげんき。】

 文法や言葉遣いがなっていないその手紙に何故か晴れやかな気分になる。


 単なる王族ではこのような言葉を掛けられることなどない。活動により威厳を失ったに等しいが、頬は緩む。


 アイドルも悪くはない、と感じる程度には。


 それに将来が暗いというわけでもない。伯父上はアイドルを卒業し恋愛結婚で庶民の伴侶を得た。

 アイドルはプライベートも幸せであるべきだとほざく悪神によって、特例が許されたのだ。


 俺には生涯を共にしたい者はいない。しかし、伯父上の満たされた表情が目に焼き付いている。あのような気持ちを味わえたら……俺はこの人生に納得できるのだろう。


 その日まで、『みんなのアイドル』であり続けよう。俺は手紙を胸にあてそう決意を新たにした。

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