06:呼ばれて飛び出て、じゃじゃじゃじゃーん!
「お疲れぇえ」
「お疲れさまです!」
楽屋裏に戻ってきた二頭身の黄色いぬいぐるみは、はーはーと背中で息をしながら頭の部分を丁寧に外して化粧台の上にに置く。
中から現れた汗だらけの女性の真っ赤になったほっぺたに、後ろから声をかけた長身の男性が、冷蔵庫から取り出したばかりの冷たいポカリをぴたりと当てる。冷たい飲み物をほっぺに当てられた女性はうきゃぁと叫びながら、アヒルの着ぐるみから器用に両手を出してその飲み物を落とさないようにしっかりと握りしめる。
「もー田中くん。びっくりして心臓止まっちゃうから、もう止めてっていつも言ってるのに」
「大丈夫ですってミオさん。心臓から離れてますから。それよりも早く水分摂らないと干からびちゃいますよ」
彼女は、ポカリを口元に持っていくと、ぐびぐびと音を立てて飲む。そうやって水分をとって一息ついてから、アヒルの着ぐるみを脱ぐと大急ぎで更衣室に走り込み汗だらけの下着を交換する。あと5分もしない間に、次の出番だ。下着を交換して来た彼女は、ずらりと並んだ道具箱から大急ぎでカエルの着ぐるみを取り出すと慣れた手つきで着込む。
そうしてから、団員の中で一番背の高い、身長が180を超える田中が、カエルの頭を上からズボッとかぶせてくれるのを、彼女は息を整えながらイスにちょこんと座って待つ。
小さな劇団の少ない団員数では、顔が見えない着ぐるみ役はどうしても兼任せざるを得ない。しかも、カエルやアヒルといった小さなサイズの着ぐるみには身長制限があり、劇団で一番小さな団員である折立ミオ以外に着こなせない、という実情もあった。
「カエルでまーす!」
観客には聴こえない、でも舞台に立っている配役陣には届く、そんな微妙な声で合図を出すと同時に、カエル役のミオは舞台に飛び出していく。
うわぁー、魔法使いに魔法をかけられてカエルになった王子さまだぁー!
思わず上がる黄色い歓声と共に、観客である子供達の視線が、舞台に現れたカエルに一斉に集まる。
──が
「あー、カエルさんの足が人間のままだ!」
最前列の子供が叫ぶ。
舞台の中央で魔女役を演じる劇団唯一のスターである花形みつ子は、その子供の声を聞いて一瞬演技が止まってしまう。
このままでは舞台が失敗する、そう思った田中は、手元にあった灰色のマントとカボチャのマスクを付けると舞台に駆け上がる。
「申し訳ありません、魔女さま。ワタクシめの魔法術が至らぬばかりに不十分な変身になってしまいました」
カエルを大きなマントで覆うと、大急ぎでカエルの足を付けて去っていく田中。
「ふお、ふお、ふお。全くダメな弟子じゃのう、せっかく王子をカエルにする名誉を与えてやったのに」
「なーんだ。弟子の魔法の力が弱かったんだ──」
カエルの生足が人間だ、というトラブルで一瞬止まってしまった演劇は、急に現れた魔女の弟子でダメ魔術師であるカボチャ魔神のアドリブのおかげで、何事もなかったかのように動き出した。
そうして、子供たちの視線の先、カエルの着ぐるみが舞台の中を縦横無尽に動き回る。悪い魔女によってカエルに変えられた王子さまは、多くの冒険を経て、色々な仲間に出会い、最後は美しい女性に愛されて元の姿に戻る。そんな物語の主人公は、カエルの着ぐるみ。
子供たちみんなが、キラキラした目で追いかけているアイドルは、妖艶な魔女でもイケメンな王子さまでもない。魔法の力で姿かたちを変えられたカエルだ。
カエルが悲しめば子供たちも悲しみ、カエルが喜べば子供達も喜ぶ。そんな子供たちに伝わる感情表現をカエルの着ぐるみを着た状態で行う。子供たちには決して気がつかれない、でも最高の体力と演技が必要な中の人。
田中は舞台のそでから、その演技をそっと見守る。
子供たちを引き付けて離さない、そんな着ぐるみの演技を見て僕はあなたの虜になったのですから。これからも子供たちのアイドルであり、僕のアイドルでい続けてくださいねミオ先輩。
僕はいつまでも、貴女についていきますからね。
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