05:永遠に重なる八重桜

 大場おおば輝太郎てるたろうという世紀の大アイドルがいた。


 彼は 8歳から60歳を迎えるまではテレビなどメディアに出演し、その後も"生涯みんなのアイドル"という自身の生き方を貫いて、引退することなく息を引き取った。享年108歳、彼の最期の言葉は「みんな応援してくれてありがとう」だった。

 

 

 それから 8年が経過した。

 

 そして今、大場輝太郎の所属していた事務所では、次世代アイドルを発掘するためのオーディションが開催され、小さな事務所ながらも 10万人を超える応募が殺到し、その中から選ばれた 5人の最終面接が無精髭の男によって行われていた。

  

「次は、そうだな……。君たちはどんなアイドルを目指しているのか教えてくれ。夢や憧れの人でもいい。では左から」

「はい! 僕は国民的アイドル、ARAIの大里さんのようなカッコいいアイドルになりたいです!」


 簡単な自己紹介を終えて、無精髭の男は目標を訊ねた。最初に答えたの18歳の男、馬暮まぐれ当流あたるの目標を聞いた男は無言で扉を指し示す。


「……それは出ていけという事ですか?」

「そうだ。国民的アイドルになりたいならこんな小さな事務所ではなく、荒の所属しているハリーズ事務所に行け」


 しばらく睨み合いをした後、覆らないとわかった当流は大人しく扉の方へと歩んでいった。

 

「失礼します……絶対に後悔させてやるからな!」

「させてみろ。紹介状は書いてやるから頑張れよ」

 

 捨て台詞と共に当流が出て行く。当流が最後まで男の言葉を聞き取れたかは定かではないが、その背中に投げかけられた言葉に残る 4人は目を見開いた。


「何も驚くことはないだろ。10万人に 1人の逸材、まあこの場合は 5人だが、それでもうちの事務所はここまで残った君たちに期待しているんだ。将来有望な人材をよその事務所に紹介する。恩も売れてお互いにwin-winだろ。――では次」


 それから続く 3人はそれぞれが憧れのアイドルを語り、紹介の約束を取り付けるとお礼を言いながら笑顔で退出していった。


「君で最期だ。千代田ちよだ八重やえ、君はどんなアイドルを目指すのか教えてくれ」


 最後の女の子、八重は13歳という若さで、全応募者の中でも最年少だった。彼女の履歴書の一点に目を落とし、何かを期待するように男は訊ねる。


「はいっ! 私は大場輝太郎さんのようなになりますっ!」

「……君はその意味を理解しているのか?」

「もちろんです! 私のことを知ってくれた文字通り全ての人に応援して貰って、元気に勇気を届けたいと思ってます!」


 曇りなき瞳、さらさらの長い黒髪で整った顔、 100人が 100人可愛いと言う容姿と美声を持つ彼女は、10万人どころか10億人に 1人の逸材で、間違いなくトップアイドルになれると男も確信していた。


「君はになると言ったがそれは自信からか? 歳を取り容姿が変化していっても同じことを君は言えるのか?」

「当然です! 私がお婆ちゃんになっても、結婚したり、子どもが出来たとしても変わりません! そんな"みんなのアイドル"に私はなります!」


 千代田八重、彼女のアイドルに生涯を捧げる熱意に男、大場おおば快斗かいとの目には昔にビデオで見た祖父、大場輝太郎の若い時の姿が重なり、最期の公演を思い出す。

  

 世間は彼を既に過去のアイドルとしていたが、それでも世紀の大アイドルが残した火は消えていなかったらしい。


「……そうか。君のような子がファンになってくれて祖父も喜んでいると思う。ありがとう」




 アイドルは偶像崇拝だ。非現実な遠い存在、自分たちではなることが叶わない存在、そんなものがアイドルだ。そして――。


「万人に好かれるアイドルなんかいやしない。まして、なんてまやかしだ」

「そうですね。けれど、今でもそうありたいと私は思ってます。引退なんてしませんよ? 私を知らない全ての人に私を知ってもらって応援してもらうまでは!」


 15年後、喫茶店でコーヒーを飲みながらアイドルとなった30歳の八重と、白髪が随分と増えたマネージャーの快斗は次の仕事までの間、しばしの休憩を取る。何度目かの問答、八重の意思確認を快斗は怠らない。祖父に対する世間の反応を知っているから。


「君もこれから年老いてくる。早く引退しろと君の活動を否定する者、笑う者も出てくるだろう」

「けれど新しくファンになってくれる人も出てきます!」

「大場輝太郎のファンになった君みたいにか?」

「はい! それにあなたが支えてくれるって信じてますから!」

 

 最後の方は公民館や公園という舞台で明るく、そして力強く歌い、子どもからお年寄りまで幅広い年齢層のファンに愛されていた。履歴書の住所から予想は付いていたが八重もその中の 1人だった。

 

「……なら生涯支えてやる。行くぞ」

「ほぇ? えぇーーっ!?」


 生涯アイドルを続けた大場輝太郎を快斗は今でも誇りに思う。彼が慕った祖父の生き様は千代田八重へと受け継がれ、窓から見える八重咲きの桜のように重なって美しく咲いていた。

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