04:永遠の偶像
……眩しい。
私たちを照らすライトの熱よりも、見渡す限りの世界を埋め尽くす観客が振るうサイリウムよりも、眩しい。
「みんなー!! 私は今日が人生最後でも後悔しないよ!」
『かえちゃーん!!』
「だって……! 今日! ここで! みんなに会えたからー!!」
たった一人の女が……眩しい。
私。
工藤杏。15歳。職業アイドル。
今日は新曲の相談をする為に事務所まで来ていたのだけれど……。
「はい! という訳で、私、もうアイドルを引退しようと思うんです」
「おいおいおい! ちょっと待ってくれよ! 楓! 聞いてねぇぞ!」
「今初めて言いましたからね」
輝かしいばかりの笑顔と共にとんでもない爆弾を投げ込んだ女によって全てが破壊されてしまった。
女の名前は、柴咲楓。15歳。職業……アイドルだ。
「という訳なので! 解散ライブ。おねがいしまーす」
「そんな事許可出来る訳が無いだろう! 考え直せ楓! なぁ、杏からも何とか言ってくれ!」
「……私は」
僅かに漏らした言葉に反応して、プロデューサーと楓の視線が私に突き刺さる。
だが、楓がアイドルを辞めるというのであれば、私の言葉はただ一つだ。
「プロデューサー。私もアイドル辞めます」
「はぁぁあああ!? なんでそうなるんだ!」
「楓が辞めるのなら、続ける理由が無いので」
「ニシシ。そうなんだっ、そうなんだぁ~。じゃあ卒業も一緒だね。杏ちゃん」
「そうね」
もう新曲の話どころではないな、と私はプロデューサーに軽く頭を下げてから事務所を出ていく事にした。
これ以上、ここに居ても無駄だからだ。
「まってよぉー! 杏ちゃん!」
「待たない」
「家は隣でしょー? 一緒に帰ろうよぉー」
「やだ」
私は後ろから付いてくる楓を無視して、電車に乗り込んだ。
しかし、楓は何も気にせず私の隣でスマホを弄っている。
「ふんふふーん。あ! 杏ちゃんの悪口言ってる人が居る! 文句言ってやろ!」
「止めなさいよ。アイドルが、何やってるの」
「えーでもでも! 見てよ! 酷くない?」
楓が見せて来た画面には、『楓のお荷物』を始めとして、様々な罵詈雑言が書かれていた。
が、悲しいかな全て事実である。
私は結局五年という時間を掛けて楓に何も勝てなかったのだ。
悔しい。
心の中で消した筈の熱が再び燃え上がる。
「ねぇ。楓」
「なぁに? 杏ちゃん」
「勝負、しようよ。卒業ライブ。どっちが観客をより喜ばせるか」
私は燃え滾る炎を瞳に宿して、楓を見つめた。
そんな私の目を受けて、楓はクスっと笑う。
「いいよ。しょーぶ。しようか」
楓の言葉を合図として、私達の勝負は決まり、私は卒業ライブに向けて練習を重ねた。
どうせ最後だからと、無理をしてレッスンを重ねる。
一度くらい、勝ちたいと、自分を追い込んだ。
柴咲楓
私の二ヵ月前に隣家に生まれ、それから幼馴染として共に時間を過ごし……そして、私の全てを上回ってきた女。
人は楓を天才だなんて言うけれど、私はそうは思わない。
手を伸ばせば届くはずだ。
走り続ければ、掴めるはずだ。
そう信じて、私は走り続けて来た。
けれど……多分次が最後になるという予感が私にはあった。
もう心が限界だ。
追い詰められている。
あの子に負け続けた人生が、悲鳴を上げている。
心が……軋んでいる。
「……次で、最後」
だから、必死に、息をするのも忘れて駆けて、駆けた結果……私は負けた。
どう考えも卒業ライブの盛り上がりは楓の方が上で、やっぱり私はオマケだった。
「ねぇねぇ! どうだった? 私のライブ!」
「聞くまでもないでしょ? 貴女の勝ちよ。楓」
必死に涙を堪えて、弱音を嚙み殺して、私は楓に祝福を贈った。
例え、勝てなかったのだとしても、楓には届かなかったのだとしても、私にも多くのファンが……。
「違うよ。杏ちゃん」
「え?」
私は遠くでアンコールの声が響ているのを聞きながら、私をジッと見つめる女を見た。
「他の人とかどうでも良いの。杏ちゃんは私の事好きになった? って聞いてるの」
「なに、言って」
「うーん。その様子じゃまだ駄目かー」
何だ。コイツは。
「ねぇねぇ。杏ちゃんは次、何をやるの?」
「……こないで」
「配信者とか? もしくは良い学校に行く?」
「来ないで」
「私は、何でも良いよ。どこにでも付いていくから」
何?
「だから、私以外何も見ないでね。杏ちゃん」
あぁ、そうか。
これが、そうなんだ。
まるで神様みたいに、私の中で光を生んで、永遠に楓の光だけを浴びて、生きてゆく。
変わらない憧憬。
消えない羨望。
私の中で構築される楓という名前の神が作り出す偶像。
アイドル
私は楓と友達になったあの日から……もう終わっていたんだ。
「いつか杏ちゃんの全てが私になったら良いな。それで、私も杏ちゃんが全部になるの。ね? 素敵でしょ?」
そして、楓は私の手を取って、再び眩しい世界に引っ張って行くのだった。
終わらない永遠を刻み付ける為に。
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