03:私のお父さんは現役アイドル
「いってきまーす」
「おう、行ってこい」
お父さんが、セーラー服を翻して走り出す私に手を振って見送る。
しばらく大通りを歩いていると、不意に背中を叩かれた。
「おはよう、香澄」
「おはよう、陽平」
陽平は、私の同級生。二人共中学三年生だ。
「だるいよなあ、今日、一時限目から体育だろ?」
「でも、今日の授業はダンスだし、私は好きだよ」
「香澄は、お父さんにダンスを教えてもらえるもんなあ……」
私のお父さん・藤堂守は現役のアイドルだ。
といっても、お父さんはもう三十九歳だから、後輩の指導等をする事が多くなっているけれど。
ちなみに、藤堂守が私の父親だという事は秘密にしており、知っているのは幼馴染である陽平や事務所関係者くらいだ。
「なあ、香澄、後ろにいるあの男、ずっと俺達の事を見てないか?」
「え?」
私が振り返ると、確かにワイシャツ姿の男性が私達の方を見ていた。目が合うと、すぐ目を逸らして立ち去ったけど。
「変質者……ではないのかな?」
「まさか……」
私はそう言いながら、妙な胸騒ぎを感じた。
次の日曜日。私とお父さんがリビングにいると、激しくインターフォンを連打する音がした。
「ったく、誰だよ……」
お父さんが立ち上がって玄関に向かった。しばらくすると、騒がしい声と共にお父さんともう一人がリビングに入ってきた。
「どうして電話に出ないのよ!?」
「マナーモードにしたままで気付かなかったんだよ、ゴメン」
怒っているのは、お父さんのマネージャーの関谷さん。黒髪を纏めて眼鏡をかけている美人だ。
「関谷さん、どうしたんですか?」
関谷さんと面識のある私は戸惑いながら聞く。関谷さんは、溜息を吐きながら手に持っているA4サイズの紙をテーブルの上に置いた。
「ほら、これ見てよ」
私は、身を乗り出してその紙を見る。読み進めていくうちに、私の顔が青くなった。
「え……そんな……」
その紙は、週刊誌の出版社からお父さんの事務所に送られたもののコピーのようだ。そしてそれには、お父さんに子供がいる事を週刊誌に載せますよという旨の事が書かれていた。
「どうしてバレたんだ、俺に子供がいるって……!」
お父さんが、苦い顔で呟く。
私は、登校する途中に見た怪しい男性の事を思い出した。もしかしたら、あの人は週刊誌の記者だったのかもしれない。
「守は年齢を自虐ネタにしている所があるとはいえ、さすがに隠し子はまずいわ。……近いうちに記者会見をする事になると思うけど、ちゃんと対策を立てないと」
関谷さんが真剣な顔で言った。
その夜、私はお母さんの遺影に手を合わせながらお父さんの事を考えていた。
私のお母さんはシングルマザーだったが、二年前に病気で亡くなった。お母さんのお葬式の後、親族は誰が私を引き取るかで揉めていたが、そこで名乗りを上げたのがお父さんだった。
お父さんとお母さんは付き合っていたが、お母さんの妊娠が分かる前に分かれたらしい。
かつての恋人の訃報を聞いて葬儀の会場に来たら娘がいる事が分かって、お父さんはどんなに驚いただろう。
でも、お父さんは「この子は俺が守ります」と言ってすぐ私を引き取ってくれた。本当に感謝しかない。
お父さんは私の存在を隠し通すつもりだろうか。それならそれでいい。お父さんの邪魔になるくらいなら、私は親戚の家に土下座でも何でもして置いてもらおう。
そんな事を考えながら、私は閉じていた目を開いた。
そして記者会見当日。私は昼休み、学校の裏庭でこっそりスマホを持ち、記者会見の配信を見ていた。
お父さんがビルの玄関ホールのような場所で立ちながら記者の質問に答える。
「はい、私に子供がいるというのは事実です」
認めた! 子供がいる事を! 大丈夫なんだろうか。
お父さんは、記者の質問に淡々と答えていく。何故子供がいる事を隠していたのかを聞かれたお父さんは言った。
「私の子だと分かると、子供も色々と苦労するでしょう。実際、私の先輩アイドルが結婚して子供を儲けた際、子供が虐められたという話を聞きました。……皆様、私の事をどう言っても構いません。しかし、子供の事は温かく見守って頂けると嬉しいです。お願いします」
お父さんは、深々と頭を下げた。その姿を見て、私の目には涙が浮かんだ。私の為だったんだ。お父さんの保身の為に隠していたわけじゃなかったんだ。
その夜、お父さんはげっそりとした様子で帰ってきた。
「ただいま……」
「お父さん、大丈夫!?」
「ああ……仕事の関係者達は、概ね俺を好意的に見てくれているみたいだ」
「そっか……良かった」
「でも、新たにバラエティの仕事が増えそうで嫌な予感しかしない」
「いいじゃん、仕事がもらえるだけありがたいよ」
「そうだな……ん? いい匂いがする」
「今日は、お父さんの好きなすき焼きにしたよ! 早く食べよう」
「ああ、そうしよう」
そして、私とお父さんは、いつものように笑い合いながら食卓に着いた。私は願う。この幸せが、いつまでも続きますように。
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