02:奈落の底で会いましょう [残酷描写あり]

「今日はよろしくお願いしまーす!」

 

 そう元気よく挨拶をしたのは、大きなサングラスとマスクで顔を隠した一人の少女だった。

 彼女はTSUBAKI。今人気急上昇中の顔出しNGアイドル。顔が命のアイドル業界において異色の存在として……何故か売れている。


「よろしくぅ~。でもさぁホント。TSUBAKIちゃんほどの売れっ子がこんな変な噂のある劇場でMV撮るとかどうなの〜?」


 なぁ? キミもそう思わん? と僕に同意を求めるのは、そこそこ売れてる映像クリエイターの高野たかの氏。

 今回、TSUBAKIの新曲のMVを作ってもらう為、彼女が撮影を希望した劇場に来てもらった。


 ちなみに僕の身分はTSUBAKIのアシスタントだ。マネージャーは別にいて、急ぎの電話があったと言う事で今は席を外している。


「そう言えばここの噂ってホントなんですかー? この劇場で事故死した女優さんの霊が出るんでしたっけ?」


 椿が薄暗い舞台の上を歩き回りながらそう言うと、高野氏が訳知り顔で頷いた。


「ユーレイが出るかは知らんけど、女優が事故死したのはホントだよ」


 だってオレ第一発見者だし。と続いた言葉にTSUBAKIはくるりと高野氏に向き合った。

 その時彼女がどんな表情を浮かべていたかは、サングラスとマスクに阻まれて見えなかった。


「そん時オレ、この劇場で映像担当しててさぁ。そん時の主演女優がね。綺麗な子だったよ。なっがい黒髪を腰まで伸ばしてさ。凛とした雰囲気っていうのかなぁ。うん、綺麗だった……」


 どこか恍惚とした表情でカノジョについて語る高野氏の視線は、何もないはずの虚空を見ていた。


「それで……事故死って?」


 人死にの話に興味があるのか、TSUBAKIが続きを促す。

 

「……あぁ、まぁきれーな子だったし滅茶苦茶努力の子でもあったからね。主演舞台の自主練って言って、この劇場が休みの日にも稽古してたらしくて。

 んで、たまたまオレが映像撮るのに来たらさぁ。カノジョ……落ちて死んでたんだよ」


「……どこに……ですか?」


 変なところで言葉を切った高野を促すようにTSUBAKIが首を傾げると……。


「そこだよそこそこ。ちょうど今TSUBAKIちゃんが立ってる……な・ら・く」


「きゃっ!」


 TSUBAKIが慌てて飛びのいたそこには、舞台上に四角い線が切られていた。そこはまさに舞台の奈落へと続く部分だった。


「……ホントキレイな子でさぁ。だから、オレが撮ったカノジョだけになったら、もう二度とオレ以外がカノジョを撮る事がなくなれば、そしたら永遠にオレだけのモノになるんじゃないかなぁって……ってそんなひくなよー。冗談だよ」


 どこか恍惚とした表情で語り始めた高野の奇行に、ずりっと僕とTSUBAKIが

 その言葉に、表情に確信を持ったからだ。


「だから、殺したの?」


「……へ?」


 唐突なTSUBAKIの言葉に、高野が怪訝な表情を浮かべる。

 俯いていたTSUBAKIがおもむろにサングラスとマスクを外す。


「え? TSUBAKIちゃん何……ひぃっ!?」


 顔を上げたTSUBAKIは、はっとするような美女だった。

 そんな美女に艶やかに微笑まれれば、男だったら喜び勇んで甘言を吐いた事だろう。


 だが、今の彼は。


 怯えた表情を浮かべながら、一歩二歩と後ずさっていく。


「な……なんで生きてんだ……なんでっ!? オレの! オレだけの映像の中に残したはずなのにっ!」

 

「……そんな理由で桜お姉ちゃんを殺したの? 奈落の底に突き落として。ご丁寧に頭から。殺意高すぎて引くし、理由がクソ過ぎてさらに引くわ」


 艶やかな唇から毒が溢れ出る。TSUBAKIの姉の桜が亡くなってから、溜めに溜め堪えに堪えてきたものが毒となって高野に降り注ぐ。


 だが。


「だってカノジョは美しいじゃないかっ! あのまま時を止めてっ! オレの映像の中でだけ生きていた方がいいんだっ! この世に汚されてしまう前にっ!!」


「……そんな理由で……彼女は殺されたのか……」


 どこか呆然とした表情で姿を現したのは……TSUBAKIのマネージャーで……椿の姉の恋人だった人だ。

 彼の嘆きは姉を亡くした椿と負けず劣らず深かった。葬儀の場で泣き崩れる彼の慟哭は、今でも僕の耳に残っている。

 

「うるさいうるさいうるさい! なんだお前達はっ! オレは帰るっ!」


 そう言ってマネージャー僕の兄に背を向けて走り出した高野の先には……奈落が口を開けていた。


 うわぁぁぁぁぁぁぁ!!


 高野の悲鳴と、ゴトリと鈍い音。そして舞台の上は静まり返る。


「……帰ろっか。……桜お姉ちゃん、ソイツ好きにして」


 奈落に背を向けて椿が歩き出す。その後を追うように僕も一歩を踏み出して……後ろを振り返れば。

 僕の兄の姿と、その兄に頬を寄せるどこか儚い黒髪の女性の姿が……見えた気がした。





「いてぇ……いてぇよぉ……助けてくれよぉ……っ?! ひぃ?! おまえ……なん……ぎゃぁぁぁ!!」


 奈落に蟠っていた黒い影が過ぎ去った後、奈落もまた静けさを取り戻した。

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