第16話 明菜ちゃんの疑問
さて、二人の正式な新婚旅行は、クリスマスにかけての時期でもあり、超割高の高額旅費であったが、天下のXXX株式会社の社長令嬢の結婚式である。
旅行会社に手を回して、一番、高級な部屋を用意して貰った。
日数も、わずかに、3泊4日である。
最初の到着日から、2日は、あっと言う間に過ぎた。見て廻る場所が多すぎたが、二人とも英語は堪能だし、明菜ちゃんは、中国語まで自在に話せたので、旅行自体には、如何なる問題も生じなかった。
正に、ハネムーンと言う言葉通りの、由緒正しき、新婚旅行であった。
しかし、2日目の宿泊日の夜の食事中に、明菜ちゃんは、何故か、急に、こう言う訳の分から無い質問をしてきたのだった。
それは、次のような疑問だったのだ。
「ねえ、純一さん。前から疑問に思っていた事、たった一つだけだけど聞いていい?」
「ああ、何でも良いよ」
「この前、聞いた話でさあ、こう言う場所で聞くのもなんだけど、どうにも腑に落ちない事が一つだけあるのよ?」
「今更、それは一体、なんだい?」
「ほら、前に、例の青空精神科病病院の関連の話を追っていた時に、純一さんが、かっての同級生にスマホで、病院の話を聞いていた時にさ、かの友人は、純一さんに向かって、
【あの時は助けてくれて、ありがとうよ。たった一回で治ったからなあ】って言っていたでしょう?
あの時は、純一さんの話では、自分が、スマホで最適な病院を紹介したから、たった一回で治ったと言っていたわよねえ。
でも、彼は、今回の結婚式にも顔を出していたので、丁度、お酒を注ぎに来た時に、ソレとなく聞いてみたらねえ、その友人、つまり早田直樹さんが、コッソリとこの私に言った話では、実は、全くそうでは無かったのよ。
早い話が、ほぼ受験ノイローゼ、現在で言う、普通神経症にかかっていたのを、純一さんが見よう見まねの「催眠術」をかけてくれたら、不思議な事に、一発で治った、って言っていたのよ。
ここが、少しだけど、話が何処か少し変だなあと、私は思ったのよ。
何故、そう言う、極、簡単な嘘を、純一さんがこの私に付く必要があったの?」
「あはははは、明菜ちゃん。この話はねえ、とても本当の奥さんのいる前では話の出来ない、究極の後日談があったので、敢えて、話をボカシたのだよ……」
と、私は、白ワインを一口、飲んでから、ユックリと次のように言ったのだ。
「この話を聞いても絶対に、怒らない?
明菜ちゃんは、絶対に、確約できる?」
「ウーン、話の内容にもよるけど、一応は、何を聞いても、怒らないつもりだわ」
ここで、明菜ちゃんも白ワインを口に含み、興味津々の表情だったのだ。
「まあ、この話はねえ、この私が、高校2年生の夏休み明けの頃の話なんだよ。
丁度、面白半分で読んでいた『催眠術超速入門』だったかの本をこの私が持っていてね。
この頃は、この私は、催眠術に大変な興味を持っていたんだよ。
しかもその時は,丁度、夏休み明けでね、どうにも同級生で友人の早田君の顔色が極端に悪いのさ。
で、事情を良く聞いて見ると、どうも、受験ノイローゼらしいのだ。
最初は、本人も覚悟して、例のあの病院へ行った事は事実なのだよ。
しかし、あの口コミにも書いてあったように、もう目茶苦茶に非常に評判が悪い。
で、偶然にも保険証を持参していなかった早田君は、早々と、病院から逃げ帰ったのだけどね、でも、症状は全く好転しないのだ。
そこで、この私が、見よう見まねの「催眠術」で治療してみる事にしたのだよ。
ところが、これが、何と劇的に効いてね、たった一回で、治ったと言う訳なのさ」
「でも、それだったら、別に、この私に隠す事でも無いじゃないの?」
「だから、さっきも言ったように、この話には、人には言えない後日談があるのだよ。
これを聞いたら、明菜ちゃん、キット猛烈に怒るだろうなあ……」
「じゃ、きっと、その催眠術を、何か誰かに、Hな事に、悪用したのね?」
「正に、その通りでね、私のクラスに、美人で有名な○○さんがいたのだけど、ある時、誰もいない理科室にポツンと一人でいてね、この私が近づいて行って、軽く、催眠術をかけてみたんだよ」
「で、彼女は一体どんな反応をしたの?」
「この私は、冗談で、
「貴方はスカートを脱ぎたくなります」と暗示をかけたら、本当にスッとスカートを脱ぐんだよ。
で、調子に乗って、「下着も脱ぎなさい」、って言ったら、これも、見事に成功。
まあ、ここで辞めておけば良かったのだがね、この私は更に、「貴方の大事な部分を、この私に見せなさい」との、もう、無茶苦茶の暗示を書けたのさ……」
「で、で、で、彼女は、どうしたの?」
「勿論、全部、見せてくれたんだよ。
でも、さすがにこれ以上は、この自分でも、危険だと思ったんだろうなあ。
しかも、最大の問題は、この今日の記憶を完全に消せるかだよなあ……。
万一、この今日の記憶が少しでも○○さんに残っていたら、次の日に、即、先生からの呼び出しだよね。
下手をすれば、一発、退学もあり得るのだよ。
私の高校は、こう言う事には、特に厳しかったのでね。
何しろ、県内でもトップクラスの公立高校だからね、尚更の事だったのさ。
で、この私は、全精力をかけて、○○さんの記憶の削除に努力したのだ」
「で、それは、うまく行ったのね」
「ああ、明菜ちゃんが、世界一のコンピュータの知識の持ち主なら、さしずめ、この私は、世界一の催眠術師だとの、変な、確信も持てたのだ。
何しろ、次の日に、○○さんに直接会って、昨日の理科室の事を覚えている?と聞いてみたんだけどさあ。
それがねえ、えっ、何の事って、平然とした顔をしていたよ。
これは、催眠術用語では、「後催眠効果」と言って、自分がかけられた催眠術を、完全に忘れている事が、事実上、確認できたのさ」
「でも、それ以上は、○○さんも含めて、悪用はしなかったのでしょうねえ?」
「そりゃそうさ、何しろ、私の頭では、東大への合格は絶対に不可能だ。
で、この慶早大学文学部心理学科に合格するためにも、一日中、猛勉強をしていて、それ以来、催眠術を悪用している暇も、全く無かったのだよ。
○○ちゃんにも、一切、それ以上の手を出さなかったのだ。
でも、明菜ちゃんは、信じてくれるかなあ……」
「なるほどねえ、そんな話、普通の奥さんに言ったら、まず、激怒されて、半殺しにされる事は確実だよね」
「そうだろう。だからさあ。この話は、このように、色色とあって、そうそう、自慢話として、人にも言える話でも無いんだよ。
でも、明菜ちゃんなら、分かってくれたかな?」
「はいはいはい、さすが私の旦那さんね。キチンとけじめだけは付けているようね」
「まあ、そこまで分かってくれたのなら、夫としては、有り難いのだけどね」
この、新婚旅行の2日目は、こうして無事に過ぎたのだが……。
しかし、話は、実は、これでは、終わら無かったのである。
正に、この話こそが、これからの話の伏線だったと言っても、決して過言では無かったのだ。
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