第12話 隠蔽されていた事実

 さて、この会話から、更に、3日後、明菜ちゃんは、スマホで、何度も、質問応答を繰り返していたのだ。


 相手は、警視庁の、あの金田刑事である。


「では、佐藤萌には、本当に、中学時代も、高校時代も、休学期間って、一切、無かったのですか?」


「ああ、その通りなんだ。

 元々、佐藤萌の通っていた、都内の私立の中学や高校は、超進学校で有名だった。

 だから、出席簿なども、キチンと残っていたが、少なくとも、明菜さんが言われるような、精神的な病をも含めての、休学願いは、一切、出ていない事は間違いが無いのだよ」


「じゃ、父親の佐藤彰の中学校や高校時代も、やはり何も、無かったのですか?」


「それも、残念ながら、高校時代の母親の葬式と、大学時代の父親の葬式以外は、これと言って、めぼしい休学届けは、確認されていないのだ。


 大学卒業後、即、今の妻の、佐藤美波の家へ、婿入りしたのだが、会社でも、勤務実態は、極真面目であって、無断欠席などは一切無かったと、総務課に確認したところなのだよ」


「そ、そうですか?」


「分かりました、刑事さん。お忙しいところ、御足労をかけて済みませんでした」


 ここでの二人のやり取りの意味は、この私でも、理解できた。


 明菜ちゃんの考えでは、佐藤萌や、その父親の佐藤彰(旧姓:田中彰)の、学生時代に、何らかの精神的な病での、休学期間が無かったかの調査だったらしいのだ。


 もし、この期間内に、何らかの精神的な異常が起きていれば、少なくとも、最低でも1ヶ月以上の休学期間の確認が取れる筈である。


 しかし、明菜ちゃんの想定は、どうにも外れたらしい。二人とも、中学や高校時代の休学の事実は、全く、発見できなかったのである。


 こうなると、明菜ちゃんの、この前の自信ありげな態度が急激に萎んでいくのが、この私でも、理解できたのだった。

 それ程、彼女の落胆ぶりは、横で見ていても大きかったのである。


 明菜ちゃんは、何らかの確信を持って、この親子の、入院歴や休学歴の事実を暴きたかったのだろう。

 しかし、金田刑事からの、二人の学校への問い合わせでも、その点は、見つから無かったのだ。


 一体、明菜ちゃんは、何を、考えていたのだろうか?


 この私には、明菜ちゃんの目指している事は、それなりに、理解できたのだが、しかし、このように、この二人から何も出てこないとすれば、少なくとも、明菜ちゃんの現在考えている何らかの推理は、どうも成り立ちそうにも無いらしいの事だけは、確定したようものなのだ。


 ここで、明菜ちゃんの大きな溜息と独り言が聞こえて来た。


「きっと、あと一歩、あと一歩で、真実に近づけるのに、どうして、こうも、上手くいかないんだろう。

 ウーン、残念無念。

 ここさえ、突破できれば、話は、もしかしたら全てが繋がるかもしれ無いのに……」


 あまり明菜ちゃんが悔しがるので、この私は、ホンの簡単なアイデアを出したのだ。


「明菜ちゃん。要は、明菜ちゃんは、この二人が、中学か高校時代に、何らかの精神的不調を訴えて、学校を休んだ証拠が欲しいんだろう?」


「早い話が、そう言う事。しかも、1日や2日での入院では、単なる一時的な発作としか見られ無いのよ。

 まあ、どんなに短くても、最低、1ヶ月は、休学の事実が証明されないと、この私の、究極の推理のパズルは、埋まらないのよ……残念だけどね」


「そんなの極簡単だよ。例えばだよ、夏休みなど、学校には1ヶ月以上は顔を出さなくて済むよね。

 まあ、たまに、途中顔を出さねばならない日(出席日)もあるけど、夏風邪をひいて熱があるとか言えば、楽に簡単に休めるのじゃ無いのかい?」


「あっ、そっか、そう言えば、長い長い夏休みがあったわね。

 でも、夏休みだと、学校に問い合わせても、誰も、どう過ごしていたのか、分からない筈だわ。

 じゃ、この間の、二人の親子は、各々、夏休み中に、精神的な病を治療して入院していたとして、どうやって、ソレを証明すれば良いのかしら……」


「一番、手っ取り早い方法は、先ず、その入院先を調べる事だろうねえ。

 でも、医者や病院には、守秘義務があるから、そのハードルは、目茶苦茶、高いと思うけどなあ……」


「その点だけども、ある程度の目星はついているのよ。

 もっと言えば、この大事件のホントの黒幕であろう病院がね」


「えっ、明菜ちゃんの言う病院とは、まさか、あの病院なのじゃ」


「正に、ビンゴ、その通りよ。


 そもそも論だけど、あの病院には、何か、大きな秘密が隠されているのではないのかと思っているのよ。


 その根拠のまず第一点は、故:林先生が、かって3ヶ月入院していた事。


 次なる根拠は、②「大学生グループ人肉鍋殺人事件」の真犯人が、同じく、同病院に入院して、今年の春先の4月に退院していた事。


 つまり、この二点からすれば、あの、佐藤萌の父親も、佐藤萌自体も、あの病院に、何らかの入院歴、あるいは、通院歴があっても可笑しくない筈じゃない?


 但し、未だ、この事実は解明はされて無いけれどもね。

 つまり、これこそ、「隠蔽されていた事実」だと、この私は、考えるわ……。

 あとは、この事実を、どうやって、証明するのか?


 そもそも、青空精神科病院とは、どう言う病院だったのかも、これからの謎よね」


「ここまで来ると、もう、私らの、手に負えないのでは?


 警視庁の金田刑事に、助けを求めたほうが、遙かに、早いのでは?」


「純一さんは、そうは言うけど、最低限、佐藤萌とその父親が、ホントに、青空精神科病院に入院していたかどうかだけでも、こちらで調べないと、折角の、これまでの苦労が、全て無に帰すとは思わない?

 今までの苦労が、全て「虚無への供物」となるのは、私のプライドからしても、どうにも、耐え難いのよ」


「はいはい、大事な大事な明菜ちゃんのプライドですよね。


 だったら、てっ取り早く、明菜ちゃんのお父さんから、理由を述べて、それなりの金額を、まず、用意する。


 次ぎに、看護婦長のような勤務期間が長い人に、佐藤萌や佐藤彰の、学生時代、特に夏休み中に、入院や通院歴が無かったか、お金で買収して聞き出す。


 勿論、法律に触れる事だから、相手も、用心してそう簡単には、白状しないだろうけど、そこはお金の額にもよるのでは……」


「ウーン、それはしかし、凄く良いアイデアだけど、犯罪に触れる事だと、お父さんは、お金を一切出さないだろうし、これは、相当に難しいなあ……」


「だったら、もう一つの案としては、明菜ちゃんのお父さんの名前と伝手で、佐藤萌や佐藤彰の友人を探し出し、その二人の、夏休み中の様子を、ソレと無く聞き出す事が、一番無難かもね」


「そうね。ソレが、急がば回れで、一番無難かもね。


 早速、この方法を実行しましょうよ。勿論、純一さんも手伝ってくれるでしょう」


「勿論、この私が、明菜ちゃんに反対する訳が無い。

 よし、善は急げだな。


 あと、余計な事かもしれないけど、明菜ちゃんのお兄さんは、東大病院に勤務している現役の御医者さんなんだろう。これも、日本医師会を通じて、青空精神科病院の院長でもある、青空郁夫先生の人柄も、キチンと調べておくべきだよなあ……」


「青空先生の事については、もう、手を回してあるから大丈夫よ。ただし、佐藤萌やその父親の佐藤彰の友人が、そう見つかるのか、結構、大変だよね」


 ここで、佐藤萌の話の方は、即、その確認が取れた。と、言うのも、佐藤萌のかっての友人と言う事で、一部マスコミには、既に知られていたからだ。

 彼女は、佐藤萌と同じ、私立の中学校と高校を卒業後、現在は、某大学の医学部に進学していた。で、結構、医学的にはこの一連の事件を冷静に見てくれていたのだ。


 で、彼女に、かっての友人の佐藤萌の話を聞いてみると、確かに、勉強疲れもあり、高校3年の夏休みに、地方の病院に約1ヶ月のみ入院していた事が分かったのだ。

 ただ、この友人の女性が、スマホで検索してみると、非常に評判の悪い病院だったので、東京のもっと良い病院、例えば東京慈恵医科大学病院等への入院を勧めたものの、決して他人に知られたく無いと言う事もあり、その病院にしたと言うのである。


 その病院名は、思った通り青空精神科病院であった。ここで、まず最初の一つの疑問が解けた事になる。


 しかし、「幼女人肉食事件」を起こした佐藤彰(旧姓:田中彰)の友人は、中々現れ無い。

 そりゃそうだ。

 幼女を煮て食べるような人間に、仮に友人がいたとしても、自ら名乗りを上げる者など、いる筈が無いのだ。


 しかし、これが、証明されれば、故:林先生、日本海総合大学の二人の学生を喰った男、そして、仮に、佐藤萌の本人と、その父親までが、同じ病院に入院していたとすれば、全ての事件の関係が、この青空精神科病院で、一挙に、繋がるのだ。


 考えに考え抜いたあげく、明菜ちゃんは、もう一度だけ、「人杭村」の村長さん、つまり若竹クリニックの院長さんに、電話で聞いて見る事にした。


 もともと、この若竹クリニックは、心療内科の看板を挙げているのだ。

 夏場には、人目を忍んで、遠くからやって来る患者も、多いと言っていた。もしかしたら、その中に、若き日の田中彰(佐藤萌の父親の旧姓)も、いたかも知れなかったからである。


 この電話では、ハッキリした確証は得られ無かったのだが、村長さんの漠然とした記憶なのだが、若い頃の田中彰が、若竹クリニックに来ていたとの証言も得られたのだ。

 更に、もっと新たな、証言も得られたのである。


 それは、初めて聞いた話であって、若竹クリニックの院長と、青空精神科病院長と、同じ大学の同級生であり友人だと言う話は聞いていたが、ある事で、大ゲンカになったと言っていた。

 一体、何が、ケンカの元になったかと、聞いてみると、何と、青空精神科病院長自体が、「人杭村」=「人喰村」説を、頑強に主張したため、今まで同じ県で同じ高校の同級生同士であった者同士が、同じ大学の医学部時代に、殴りあい寸前まで言ったと言うのである。……勿論、その後は仲直りしたそうだが。


 とすると、今までの、狂気の事件の一番の底辺に流れていた筈の「流れ」とは、あの『人喰村伝説考』では無くて、この青空精神科病院が、急激に、浮上して来たでは無いのか?


 一体、この病院には、何があるのか?

 青空郁夫先生とは、どう言う、人物なのだろうか?

 隠された何かが、果たして、何処かにあるのだろうか?


 もっと言うならば、この、青空精神科病院長の青空郁夫先生こそが、強力な催眠術か何かで、関連人物らを、裏から心理誘導等をしていたのだろうか?


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