第8話 佐藤萌の父親
ここで、東京に帰る途中、明菜ちゃんは、再度、自分の持論を見直ししていた。
皆、「万能荘連続不同意性交殺人事件」と「大学生グループ人肉鍋殺人事件」の犯人は、多分、同一人物かその関連グループだと思っているらしいのは確かだ。
県警も、勿論、同様の方向性で調査している。
しかし、それは、佐藤萌の父親に会ってみなければ、何とも言えないと思うのだ。
その考え方に、至ったのは、佐藤萌の実の祖母が、発狂して縊死しているからだと思うからなのだ。
この事から、明菜ちゃんは、かって慶早大学医学部3年生の大外修一が、Xに投稿していた「人肉食や血族結婚等により、当該事件を引き起こす加害者の脳内に、異常なタンパク質(プリオン)等が蓄積されるとか、脳内の遺伝子に何らかの突然変異が起き、概ね20年に一度ぐらいに定期的に「人杭村」で大事件が起きたのではないか?」との説が、再度、最も重要だと気付いたと言うのである。
勿論、あくまで、完全な仮説である。
ここで、プリオンが原因とされる、奇病の「クロイツフェルト・ヤコブ病」とまでは行かなくても、村民の脳内に、常人と違う、遺伝子構造がいつのまにか形成されているとすれば、では果たして、どうであろう。……どう言う事が起きるのであろうか?
ここで、明菜ちゃんの考え方を、整理整頓して述べてみれば、
①「万能荘連続不同意性交殺人事件」は佐藤萌の自作自演。
②「大学生グループ人肉鍋殺人事件」は別の犯人。
だとする、仮説である。
そして、この明菜ちゃんの推理を裏付ける、最も早い方法は、佐藤萌の父親、つまり佐藤彰(旧姓:田中彰)に、一刻も早く会って見る事なのだ。
既に、明菜ちゃんの父の力を介して、慶早大学の学生課には問い合わせてあり、佐藤彰の住所は、もう、調べてある。
御香典と、お花と、御数珠は忘れてはならない。
絶対的な必需品だ。
更に、これも秋葉原で買った、録画・録音もできる、小型のペン型のデジタル・カメラをも用意して行った。
何故か、不思議な予感がしてならなかったからだ。
それが、勿論、明菜ちゃんが、自分の立てた仮説に、自分一人で、興奮しているのには間違い無いのだが……。
佐藤彰は、JRの山手線の新橋駅近くの高級マンションに住んでおり、簡単に住んでいる所は分かっていたのだ。
しかも、事前に、私らは、慶早大学の学生らで、亡くなられた萌さんのお弔いに伺いたいと電話で予約もしてある。
これでは、断られる訳も無い。
二人とも、黒いレンタル喪服で正装して、明菜ちゃんは、手に御数珠とお花を、この私は、御香典袋を持参して、高級マンションの受付を通り抜け、佐藤萌の両親、特に、「人杭村」の出身だと言う、佐藤彰に是非とも会って見たかったのだ。
果たして、佐藤彰の地頭の良い事は最初から分かってはいたが、その人物像は、果たしてどうなのか、と言う点を、この目で確かめたかったのである。
「この度は、誠に、御愁傷様で……」と、明菜ちゃんが言う。
私の喪服のペン型録画機は、既に前もって、スイッチを入れてあった。
「い、いや、まさか、私の娘が、こう言う事になるとは……」父親の、佐藤彰も言葉が少ない。
一緒に顔を出した母親は、他の都内の有名な私立の女子大の学生だと聞いていたが、結構な美人でもあり、佐藤萌も、この母親の美貌を受け継いだのだろう。
「あのう……」
ここで、明菜ちゃんが、決定的な言葉を発した。
「私ら、二人とも、あの「万能荘連続不同意性交殺人事件」の事件に遭遇し、無事に、生き残ったイキノコリなのです」
この言葉に、父親の急激な動揺が感じ取れた。
「では、貴方方、お二人は、あの狂気の事件から奇跡的に助かった方達なのですか?」
「実は、誠に言い辛いのですが、その通りなのです」
「うーん」
ここで、明らかに、佐藤彰の様子が、急激に変わって来たように思えた。
一種の、精神異常者の匂いが、この私にも、プンプンと感じたのである。
「では、一つだけ、聞いていいですか?」と、佐藤彰は更に大声で聞く。
「一体、何故、私の娘、萌は、どうして「人杭村」の『万能荘』等に行ったのでしょうか?
なにわともあれ、当然、貴方も含めての事なのですが?」
「それは、私の横にいる純一君さんの高校の恩師、故:林先生の著作の『人喰村伝説説』を、我が大学の、ミステリー研究会員が読んだからですよ。それが全ての始まりなのです。
で、多分、娘さんの萌さんは、既に5月中旬に友人と一緒に『万能荘』にも行っていた筈です。
これは、多分、私の直感なんですが、貴方の娘の萌ちゃんが、実は、『万能荘』のマスター・キーを、まず、作りに行ったのでは無いでしょうか?」と、明菜ちゃんが言うと、
「な、何だと、貴方は、私の娘の萌が、マスター・キーの作成をしただと?
では、貴方は、私の娘の萌が、あの「万能荘連続不同意性交殺人事件」に、何らかの関与をしていたとでも、言われるのですか?
私の娘の、萌は、無茶苦茶に強姦殺害された被害者そのものなんですよ。
そんな馬鹿な事がある訳が、無いじゃないですか?
一体、この事を、どうやって、どのように説明してくれるのです!!!」
だが、今までの、もの静かな佐藤彰の表情が、みるみる、狂気の形相に変化して行くのを、ペン型の録画装置は、キチンと録画をしていたのである。
ここに、明菜ちゃんが予想していた通りの、展開となっていたのである。
だが、たった、これだけの単なる表情の異常な変化のみで、今後、どうやって、真犯人に辿りつけば良いのであろうか?
私らは、更なる混迷の大渦の中に、投げ出されたのかも知れなかったのだ。
しかもである。明らかに異常な表情を見せたとは言え、この佐藤萌の父親には、絶対的なアリバイがあったのだ。
いわゆる「万能荘連続不同意性交殺人事件」と「大学生グループ人肉鍋殺人事件」の事件が起きた時、佐藤萌の父親の佐藤彰には、この東京の自身が務める会社や、自宅マンションにいた事は、完全に証明されている。
ここのマンションの守衛さんも証明しているのだから、これを崩す事は、無理だ。
仮にである、「大学生グループ人肉鍋殺人事件」の犯人だとしようにも、双子でもいない限り、絶対に、この事件に関与は出来ないのである。
しかし、佐藤彰は、長男で一人っ子だった。
これでは、例え何らかの関与が疑われるにせよ、佐藤彰を、これ以上、追い詰める事は不可能なのだ。
もう、あと一つ、何かの証拠が欲しいのだ。
だが、大都会の東京と、北陸の超僻地とでは、その接点を見付ける事が難しい事は、素人でも分かる事だ。
だが、明菜ちゃんは、まだまだ、諦めていないのだ。
きっと、何処かにヒントがある筈だ。
では、ここで、唯一の共通点とは果たして何なのか?
まず、佐藤萌の祖母の発狂自殺、
佐藤萌の父親の佐藤彰の精神が尋常で無い可能性、
そして既に亡くなった佐藤萌のキット何処かに秘められたやはり父親似の精神的異常性、
それに加えての、『人喰村伝説考』の作者の故:林先生の精神科病院入院歴と言う、全てが、この「精神的な病」の罹患者と言う、 只この一点のみで、 この事件の登場人物全員には、皆、共通点があったと言う事である。
この点から、この問題を、逆に、深掘り出来ないものか?
しかし、「人杭村」の村長さんに聞いても、自身の若竹クリニック時代のカルテは、もう残っていないとの返事だった筈だ。
何故なら、医療カルテの、保存期間は、5年間だからだ。
この事からも、故:林先生の病状の当時の様子は、もう、ハッキリと分からない。
村長さんに言わすと、故:林先生の休職時の病名は、相手の地位や名誉も考慮して「適応障害」と言う事にしていたと聞いていたのだ。
では、村長さんの大学の医学部時代の同級生の青空医師に聞いてみようか?
しかし、医師の守秘義務及びカルテの保存期間から逆算しても、これも、不可能に近い。
何か、うまく、この問題を解きほぐす方法や手段は無いものだろうか?
しかし、現在の、日本の法律体系や医療圏体系で、これを、突破できるのは、警察による裁判所の令状があってこそ可能なのである。
一私人らでは、これは、絶対に突破出来ないのである。
明菜ちゃんは、北陸に行って、故:林先生の入院時の担当医の青空医師に会ってみようかとさえ、言い始めたのだ。
だが、これを仮に行ってたしても、不可能なのは、目に見えていたのだが……。
もはや、万事、休すと思われた、その時である。
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