第7話 知られざる事実

「ところで、刑事さん。


 あの『人喰村伝説考』を書かれた、故:林道夫先生が、新型コロナが大流行する数年前に、一年間、あの名門の県立高校を休職されていた事を、ご存じですか?


 実は、この私のクリニック、いわゆる若竹クリニックにも、故:林先生が、診察に来られた事があったのですよ。

 多分ですが、我が県でも、トップクラスの高校の先生だった故:林先生は、そのプライド故、最初から、有名な精神科には、どうしても、行けなかったものと考えています。

 

 私の、クリニックは、内科・小児科・心療内科の看板を出していますからね。

 ですので、ワザワザ、人に知られないように、最初は、この超僻地の私のクリニックに訪れたのでしょうねえ……」


「で、村長さん、いや、先生は、その時、どう感じられたのですか?」と、刑事は、この話を全く把握していなかった為、急に、低調な言葉使いに変わったのだ。


「そうですね……」と、村長が、答えを考えていた。


「本来、医師は、患者の病名は他人に明かしては、刑法違反になりますが、我が、村民全体の名誉の為にも、敢えてボカして言わせて貰えれば、境界型人格障害、しかも、見る医師によっては、多分、ボーダー型の統合失調症に近いようにも感じましたねえ。


 こう言う事を言うと、不思議に思われるかもしれませんが、このように、超僻地にある私のクリニックを、ワザと人目を避けて、訪ねて来られる患者さんは、この地では、実は非常に多いのですよ。


 その時、私は、故:林先生には、一種の偏執狂(パラノイア)の感じを持っている感じも、受けました。


 ですが、大した薬も用意していない私の小さなクリニックでは、処方する薬にも限界があります。


 結局、大手の精神科病院に3ヶ月入院され、残り9ヶ月は自宅で療養中されたのです。

 その療養中に書かれたのが、あのほとんど狂気や妄想やせん妄に支配されたような『人喰村伝説考』だったと聞いています。


 何故と言うに、故:林先生が入院していたのは、私の大学の医学部の同級生が経営する大きな病院だったからです。青空(あおぞら)精神科病院と言いまして、この私からの紹介状で、入院されたのですよ。


 故:林先生が、『人喰村伝説考』を出版された後、2週間後に、交通事故死していますが、私の感ですが、前日飲んだであろう、非定型性精神病薬の、多分ですが、「ベルソムラ」等の効き目がまだ残っていたものと、思っています。

 「ベルソムラ」等は、飲むと、眠くなる作用がありますからね。

 多分、意識の朦朧とした状態で、高校に向かわれた時に、交通事故に遭われたものと推測します。


 そこで、取調中の刑事は、その場で、部下に電話を架け、駆け付けた部下の刑事に耳打ちしていた。


 この話の「裏取り」を、命じたに違いが無い。


「では、村長さんは、この事件を、果たしてどのように考えられているのですか?」


「極、簡単です。

 故:林先生と同じような妄想にとらわれた人間や集団がいて、あの、「万能荘連続不同意性交殺人事件」や「大学生グループ人肉鍋殺人事件」を引き起こしたものと、推測しています」


「それに、何か、心当たりは、思い当たりますか?」


「色々な患者の中には、こりゃ、危ないなあと思う者もいる事はいましたが、これ以上は、言う事は控えさせて下さい。何しろ、個人情報が超うるさい時代ですからね」


「分かりました。先程の故:林先生の話の裏取りが取れ次第、村長さんや副村長さんには、ご帰宅をお許し致しましょう」


「まあ、それが、一番の正解でしょうねえ」


 結局、この故:林先生の話は、ほぼ事実だった事が確認された。


 つまり、半分以上は、狂気や妄想やせん妄に支配されていたような人間が書いた本、それが『人喰村伝説考』だったのかもしれないのだ。


 だが、このように、『人喰村伝説考』の執筆の謎が完全に解けたにしてもだ。

 最大・最高の難問、この巨大な事件の裏に、誰がいるのか、何があるのか?その動機は何なのかは、今のところ、やはり、暗中模索のままだったのである。


 さて、村長と副村長が、県警本部から帰って来たと聞いて、そのまま、継続して『万能荘』に宿泊していた、私と明菜ちゃんは、早速、村長さんに会いに行く事にした。


 残りの、イキノコリの慶早大学のミステリー研究会の会員らは、バスや、地元の地方鉄道を乗り継いで、北陸新幹線で、もう東京へと帰っていたのである。


 果たして、明菜ちゃんには、何かの考えがあるのだろうか?


 とはいえ、慶早大学でも一位を争う頭脳の持ち主の明菜ちゃんの事だ。全く、何の考えも無い事は、絶対に無い筈だ。


 そして、村長に会って、あの故:林先生の、精神的病気での、青空精神科病院への入院や休職までの、いきさつの話を聞き出す事に成功したのだ。


 ここに、何か、突破口があるに違いが無いのである。


 何も出来ないこの私には、そう信じるしか、今は、取るべき道は無かったのだ。


 さて、村長さんの話を聞いて、明菜ちゃんは、フト、思う事があったらしい。


「ねえ、純一さん、今から、近くの路線バスに乗って、「人杭村」の周辺の町を、調べて来ない?」


「何故?」


「私達は、今回の一連の事件は、全て「人杭村」の住民の誰かが起こしたものと、最初から、決めつけてきていたよね。


 けど、よくよく考えて見れば、「人杭村」が、もし、仮によ、かって、本当に「人喰村」だったとすれば、結局、現実に食べられていたのは、近隣の町村の人々や、旅行中の名も無き旅人達なのではないの?


 だったら、近隣の住民の中にこそ、この「人杭村」に昔から敵意をずっと持っていて、全ての事件の犯人を、この「人杭村」の住民に押しつけようとした人間がいたのじゃないのかしら?


 私は、最近、急に、何故かそう思うようになったのよ。


 だって、いくら「人杭村」を調べても、怪しい人物は、「どぶろく祭り」や「秋祭り」に参加しているし、どうにも、事件自体に関わりが無いように思えないのよ。

 純一さんもそう思わない?」


「明菜ちゃん、それは、あまりに早計な結論だよ。


 現に、『万能荘』の3号室で、不同意成性交殺人された、佐藤萌さんは、父親が「人杭村」の出身だったのだぜ。


 やはりここに、「人杭村」の住民の誰かが、きっと何かに、絡んでいる事だけは、否定できないと思うのだよ。

 いくら、この私が、頭が悪いと言っても、ここだけは、譲れないなあ……」


「まあ、確かに、その点は、謎が残るけどねえ……。でも、単なる、当てずっぽうでも、近隣の町村の調査自体は、無駄では無いと思うけど?


 それに、一緒に、この私と調べに行く気が無いなら、今晩は、やらせてあげないよ」


「おおっと、まだ、コンドームは結構、残っている。

 絶世の美人の明菜ちゃんと、やりたい時に出来ないと言う事は、この私に、死ねと言うのと同じだからなあ……。

 はいはいはい、じゃ、一緒に調査に行きましょうよ」


 こうして、「人杭村」周辺の町村の周辺の聞き込みに行く事になった。


 「人杭村」の近くには、旧江戸時代から、三つの町や村が存在したのだが、ここら当たりも、北陸の超僻地と言う事もあり、町や村の人々の口は、実に、堅かったのである。


 特に、例の「万能荘連続不同意性交殺人事件」や「大学生グループ人肉鍋殺人事件」の話を持ち出すと、中には、掴みかかって来る人もいた程だ。

 勿論、明菜ちゃんに軽く退けられたが、一つの漠然たる、確信を得る事はできたのである。


 この近隣の三町村の中には、かって、冬場に隣の藩に向かう途中で、「人杭村」の住民に無惨に喰い殺された者がいたかも知れないと言う噂話だった。


 この貴重な情報を話してくれたのは、付近の小川で魚釣りをしていた、村の古老であった。相当な年齢らしい。80歳はとっくに超えているであろう。しかし、眼光はしっかりしている。

 ボケてはいない事は、確かそうだ。


 で、こちらからの直球の質問に、

「ああ、そう言えば、かって、そう言うような「噂話」を、何度か、聞いた事がある。


 まあなあ、ここだけの話だが、かって決死隊を結成して、「人杭村」に殴り込みをかける話まであったそうな……」


「それは、いつ頃の話です」と、私が聞くと、


 あの明治維新の前、つまり江戸時代の末期頃で、新しい農道の作られる前の話だと聞いておるよのう。


 だから、この私らにとっては、「人杭村」は、正にその名の通りの「人喰村」だったのかもしれんよなあ……」


 ここで、あの「人杭村」を巡る新しい敵がいた事は、それなりに理解できた。


 しかし、問題は、今でもその「決死隊」の存在が有るのかである。


 この点を聞いてみると、その古老曰く、

「現代では、そのような馬鹿げた考えを持った人間の話は、只の一度も、聞いた事が無い。

 遙か、遠い遠い時代の話なんじゃ」


「うーん、遙か遠い遠い昔の話なのか?」と、この私が頷く。


「そう、だから、今からどうジタバタしても、今回の、大事件には、決して辿り付けないじゃろうよ。


 ただ、何度も言うようだが、全てが「噂話」だと言う事だけは、ハッキリ言っておきたいのじゃ。

 あくまで「噂話」の連続だとねえ……。


 逆に、ホントのところはだよ。


 ワシの亡くなった親爺によれば、「人杭村(ひとくいむら)」の名前から、ワシらの村人達が面白がって、「人を喰らう村」つまり「人喰村(ひとくいむら)」と名付けて、揶揄っていたと言っていたのを、今でも、思い出すのやからのう……」


「そうですか。お爺さん。貴重な御意見、ありがとうございます」


 こうして、3日間にわたる調査は終わったが、結局、近隣住民の意識には、確かに「人杭村」への、何処か秘められた揶揄や敵意が、感じられた事だけは、事実だった。


 しかし、これだけの話だけで、近隣の町村の中に、真実の真犯人がいるとも、そう簡単には断言も出来なかったのだ。


 きっと、もっともっと深い謎がある。


 それが一体何なのか?


 正に、それこそが、全ての事件に繋がる真犯人なのだろうが……。


 何かが、抜けているのに、違いが無いのだ。


 再度、もう一度、考え直してみなければ、多分、この事件は迷宮入り確定であろう。


「ねえ、純一さん、もう一度、村長さんに会って見ましょうよ」


「えっ、もう既に、一回会っているよ。今更、何を聞くつもり?」


「亡くなった佐藤萌の父親は、「人杭村」の出身だったじゃない。だったら、その祖父や祖母が、まだ、生き残って、「人杭村」にいるのでは?

 多分、警察では、既に十分に分かっていると思うけど……県警は、一切の情報を共有してくれ無いしね……」


「なるほど、それは、気が付かなかった。

 確かに、それは再調査の意味が、あるかもしれないなあ。早速、会いに行ってみようよ」


 こうして二人は、再度、村長さん、つまり若竹クリニックを訪ねて行った。

 村長さんの、本名は、若竹秀一だったのだ。


「で、村長さん、担当直入に聞きますが、亡くなった佐藤萌の父親は、この「人杭村」の出身だったとか?

 だと、すれば、その祖父や祖母が、まだ、この「人杭村」に生き乗っている筈でしょう。どうなのでしょうか?」


「イヤイヤ、お嬢さんよ。明菜さんと言ったっけ。

 実は、そう言う訳でも無いんだよ。

 亡くなった佐藤萌の父親は、本名を、田中彰と言うのだが、既に、彼の実の母親は彼が高校2年生の時に発狂後、首を吊って自殺している。

 しかし、凄く頭の良かった田中君は、その後、現役で、東大理学部に合格して東京に留学中に、今度は実の父親が、心臓麻痺で亡くなっているんだよ。

 だから、この「人杭村」には、田中君の親戚ぐらいは探せばいるだろうけども、佐藤萌のホントの祖父・祖母も、共に既に二人とも、もうこの村には、とっくににいないのですよ……。


 その後、某中小企業の社長令嬢の佐藤さんと結婚。


 その時、「婿入り」と言う事で、名字も田中から佐藤へ、本籍も東京に変更していると聞いている。


 まあ、相手の両親は、大反対したらしいのだが、今で言う、できちゃった結婚だから、相手の両親も渋々、結婚を認めたらしいのだがね。


 だから、この「人杭村」には、佐藤萌の血筋の大本(おおもと)は、もう存在しないのだよ。


 だから、どうしても調べたいなら、東京での、佐藤家を直接調べたほうがいいじゃろうのう……」


「そ、そうですか?」と、ここで、一旦、声が低くなった明菜ちゃんは、


「純一さん、即、東京へ戻りましょう」と言い始めた。


「東京へ帰ってどうする?」


「もう、佐藤萌ちゃんの遺体は、司法解剖され、葬儀も終わっている筈です。


 今回の「万能荘連続不同意性交殺人事件」のお悔やみにと言う事で、佐藤家へ弔いに行くのですよ」



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