第3話 大きな謎
「ですので、私なら、各自の持ち物検査を直ぐにでも実施すべきと考えます。
もし、誰かが鍵を開ける特殊な工具を持っていたとしたら、その者が間違い無く犯人でしょうからねえ」と、明菜ちゃんが言う。
「そう、そうだ、その通りだ。係長、直ぐに全員の持ち物検査をさせろ」
しかし、男性会員六人の持ち物の内、特にめぼしいものと言えば、六人全員が潤滑液をタップリ塗った最高級コンドームを持っていた事ぐらいだった。後は、スマホ、「人杭村」の1/25,000の詳細な地図、コンパスと双眼鏡、土を掘るシャベル程度である。
「何故、みんな、こんな高級なコンドームを持っているのだ?」と、中村係長が聞くと、
「イヤ、もしかして、あわよくば、そういう事態になるかもしれないと思って……」と、高木副会長が、皆を代弁して頭を搔きながら、ようやく小さな声で言った。
しかも、何と、この全員のコンドームの箱のセロファン製の封は、実のところ一切、封を切って無かったのである。
誰も、真新しいコンドームを一切使っていないとすると、この六人は、全員無罪と言う事になるではないか?
何故かと言うに、先程からの鑑識の調査で、被害者の体内からは、犯人の精液が一滴も確認されていない事が、既に、判明しているからだ。
犯人が、コンドームを使って犯行に及んだのは、これだけでも、明白だったのだ。
更に、被害者三人の局部には、大量の潤滑ゼリーが見つかったと言う事実も確認済である。
つまり、潤滑ゼリーを潤沢に塗った贅沢なコンドームを、この犯行に使ったのに違い無いのだ。
「ともかく、今のところ、この事件の問題点は、二つあるなあ」と、長島警部つまり県警捜査一課長は、呟(つぶや)いた。
「まず、どうやって、この密室を突破したか?何故、この三人を誰が襲ったかだな……」
確かにこれは非常に難しい問題であって、この点をクリアしない事には、この難事件の解明は、そう簡単にはいかない、その事は、この私ですら理解できたのである。
「ともかく、鑑識のもっと詳しい結果と、それにより採取されたブツを科捜研に預けて判断するしかないだろうな。ところで、君らは、いつまでこの村、この『万能荘』に泊まる事になっていたのか?」長島警部が聞いた。
「今日を含めて、あと3日です」と、高木副会長が言った。
「じゃ、悪いが、あと最低3日間は、ここに泊まってもらう事になる」
「亡くなった三人の遺体はどうなるのです?」と、明菜ちゃんが聞く。
「司法解剖の後、遺族の手に返される事になるが、まあ、早くても、1週間程度はかかるだろうが……」
「ははあ、そんなにかかるのですか。なんだか、家族の方が、可愛いそうですね」と、明菜ちゃんが言う。
ここで、中村係長がボソっと言った。
「ところで社長令嬢さんよ。先程から、貴方は、密室殺人、密室殺人と、うるさい程言っているけれども、要は外から開けれなくても、中から開けてもらえば、極、簡単じゃないんですか?
社長令嬢さんの彼氏は、背も高いしハンサムだし、夜、こっそりとドアをノックして「この、私だよ!」とか何とか上手く言って、部屋の中にさえ入れて貰えば、後は、凄く簡単じゃないの?
後は、ただ、無理矢理、アレを突っ込むだけなんですから……」
この思いがけない反論に、明菜ちゃんも、直ぐに反論した。
「それは絶対に無いと思います。昨日、夜8時に夕食が終わったあと、男子グループは約1時間ほど、ジックリ地図を見て、明日、廻る予定の「人杭村」の場所の打ち合わせをしていました。
女子のグループ六人は、私の部屋の4号室で女子会をしてました。
ただ、私が極真空手二段だと言っても、私は東大医学部にもトップ合格しているのをみんな薄々知っているので、誰も全く信用しません。
そこで、映画で有名なブルース・リーの真似をして、軽く後ろ回し蹴りと、正拳付きを披露したら皆ビックリしてました。
更に、この私としても、私の彼氏の三井さんに手を出したら唯じゃおかないからねと言って、皆をビビらせてましたからねえ。だから万が一にも、彼の声に応じて、ドアを開ける女の人は、一切いなかったと思います」
「うーん、そんな事があったのか!」と、中村係長は妙に納得したようだった。
しかし、この明菜ちゃん発言により、更に、この事件の解明は難しくなっていったのである。では、一体、犯人はどうやって密室で、連続不同意性交殺人事件を行う事ができたのだろうか?
事件後、即、県警本部内に「人杭村連続不同意性交殺人事件対策本部」が立ち上げられた。
事件後1日後の、当該県警本部内の会議室である。一見、何の変哲も無い無機質な一会議室であった。左前に、ホワイトボードが2台置いてあるぐらいである。約五十名程度の刑事達の前で、最初に、県警本部長が簡単な挨拶をした後、捜査一課長の長島警部に、その後を託して出ていった。
「問題は、だ」と、長島警部は言った。
「この事件の問題は、大きく二つに集約できると思われる。
第一には、誰が、一体、どうやって密室連続不同意性交殺人事件を起こす事ができたか?
第二には、この謎の事件の、動機は一体、何だったのか?
皆は、どう思うか率直な意見を聞かせてくれ?
我が県警、始まって以来の、大事件なのだ。どんな、ささいな意見でも良い。
その前に、今回の事件の大まかな内容を中村係長から、皆に、説明してもらおう。
その後に、鑑識及び科捜研の話を聞こうじゃないか」
ここで、中村係長が事件が起きる発端となった慶早大学ミステリー研究会の概要と、参加者名、被害者名を、改めて説明した。この事からも、県警本部では、このミス研の中に、真犯人がいると考えているらしい事は、明白であった。
まず、1号室に泊まっていたのは、2年生で、文学部ロシア文学科在中の杉村綾子、不同意性交の上、強力なビニール・ヒモ等で絞殺死。
2号室に泊まっていたのは、新入生で政経学部経済学科在中の、小森有希、不同意性交の上、同じくビニール・ヒモ等で絞殺死。
3号室に泊まっていたのも、新入生で文学部心理学科の佐藤萌、一見、縊死に見えるものの、不同意性交された事は明白。縊死の状況は犯人によって偽装されたと見ている。
なお、結構な美人だったのは、特筆すべきあろうか。
4号室に泊まっていたのは、私の恋人、白石明菜、2年生で理学部在中。無事
5号室に泊まっていたのは、3年生で吉倉雅美、文学部心理学科在中。無事。
6号室に泊まっていたのは、3年生で江浪淳子、政経学部経済学科在中。無事。
7号室から10号室に泊まっていたのは、順に、2年生理学部在中で田中一郎。3年生工学部建設工学科在中の杉下幸夫、新入生政経学部政治学科在中の脇坂泰三、そして10号室の客でもある3年生の高木竜一副会長、政経学部政治学科在中。
慶早大学の中でも、政経学部政治学科は今までに数多くの政治家を輩出しており、この慶早大学の医学部を除けばだが、慶早大学でも最難関学部でもある。
11号室は、新入生で、文学部仏文学科在中の大沼正。
12号室には、この私、2年生で文学部心理学科在中。三井純一。以上である。
次に、鑑識及び科捜研らが、各々意見を述べたが、どれも芳しいものは何も無かったのである。
まず、鑑識からであったが、今回の事件の発生により、外部犯行説を仮定して、非常階段、屋上、あるいは1階から4階までの、各ドアや各窓を調べたが、外部から何者かが侵入した形跡は、ホトンド無かったとの報告があった。また、小雨が降っていたため、その証拠も流された可能性もあると言うのだ。
次に、科捜研からの報告であったが、被害者三人の女性の体内や皮膚からは、犯人の物と思われる精液、体毛、いや汗の一滴さえ確認できなかったと言うのである。
これに対し、刑事の一人が手を上げて、
「それは不思議だ。あれほど激しく男性器を突っ込まれていたのだ。
それに司法解剖の結果、三人のガイシャの女性器の入り口部分が大きく裂傷していたと言う報告もある。それなのに、犯人のものと思われる体毛1本見つからないとは、これは一体、どういう事なのです?」
「それは、犯人が、よほどうまく体毛等が落ちないように、例えば、ヘアスプレーなどで体毛を固めていたのだろうと、推測します」と、科捜研の職員が答えた。
「汗がガイシャ(被害者)の体から発見されないのも、シャツとパンツを穿いたまま、男性器のみを外部に露出させ、それにコンドームを丁寧に装着して、行為を行ったと考えれば、このような状況を作る事は、事実的には可能だと思います」
「じゃ、その下着には、ガイシャの血痕が付いていた事になる。その血痕の付いた下着は何処にあるのです。全員の持ち物検査をしたのでしょう?」
「勿論、しかしガイシャの血が付いた下着など、このような知能犯的な犯人の起こす事件からしても、そう簡単に、出てくる訳が無いですよ。多分、事件後、『万能荘』の裏を流れている中野川に捨てれば、それで終わりですよ。
特に、犯行当日は、水深約50センチメートル弱近くもあり、激流のままだった。
もし、本物の血痕の付いた下着が出てくれば、即、逮捕も可能なんですがね」と、中村係長が悔しそうに言った。
「それにしても、不思議な事件ですね。ガイシャは三人もいるのに、ホシ(加害者)は全く分からない。
アリバイ自体だけを考えれば、三井純一のみがハッキリしないのだが、三井の彼女でもある4号室の社長令嬢、白石明菜の証言によれば、三井はあっちのほうが弱く、彼女を、相手にしても一晩2回が限度だと言ってましたよね。
まあそれは冗談だと横に置いておいても、特にここが重要な点なのですが、白石明菜は、本人さえ手を挙げて立候補すれば、即、ミス慶早大学にもなれる程の美貌を持っている事です。
1号室から3号室までの、強姦、今の法律で言えば、不同意性交され絞殺された三人の女子大生は、3号室の女子学生は別としても、今時の極普通の顔立ちであって、三井純一が、このもの凄い美人で社長令嬢でもある白石明菜を裏切ってまで、三人に手を出す必要は、全くありません。
特に、社長令嬢の実兄は、既に、東大医学部を卒業しており医師国家試験にも合格してます。で、現在も東大病院に勤務して、治療と研究をしていると聞いています。
つまり、彼女の父親が万一亡くなれば、現在の筆頭株主の長女の彼女が、その会社を継ぐ事になる筈だと聞いています。
これ程の美人で、社長令嬢と恋人であると言う事は、自分の将来の職や人生がほとんど保証されたようなものなのです。こんな美味しい話を、三井純一が、自らぶち壊す訳があるのでしょうか?
また、これを、逆に言えば、この慶早大学のミス研の中で、絶世の美人の彼女がいて、その気になればいつでもやらせてくれる相手がいたのは、実はこの三井純一だけなのですよ。
そういう意味でも、三井は今回の事件では、逆に犯人から一番遠いのでは……」と、刑事の誰かが言った。
「では、真犯人は、麻雀をしていたと言っている7号室~10号室までの四人なのだろうか?この四人には、特定の彼女はいないので性欲が有り余っていた。そこで麻雀をしながら、一人づつ交代で、不同意性交をしに行くとなっていたら?」と、別の刑事が言う。
「でも、流石に、殺す必要は無かったでしょう……」、と更に、別の刑事が言った。
「性欲が有り余ってミス研の探検ツアーに、かこつけて不同意性交すると言うのはありうるかもしれないが、殺してしまえば殺人罪だ。罪の重さが、全然、違うのだ。
頭の良い慶早大学の学生らが、そこまで危険な行為を果たして行うだろうか?」と、ここで長島警部が言ったのだ。
皆、一瞬の沈黙が襲う。
「更に、どうやって密室を突破したのだ。これも未だ全く解決されていない」
ここで、中村係長が、再び、口を開いた。
「課長。一言、言わせてください。
皆さん、密室、密室と言って騒いでますが、マスターキーがあれば簡単に開けれます。
また、各部屋の女子大生が、自分から内側からドアを開けてくれれば、簡単に入れますが……」
「しかしやね。被害者は三人とも処女だったのだよ。だから、そんなに簡単に自分から、真夜中に訪ねてくる怪しげな人物を、部屋には招き入れないでしょう……」と、別の刑事が反論する。
「じゃ、マスターキーの保管はどうなっていたのです?」と、また、別の刑事が質問する。
「マスターキーは、守衛が守衛室の保管庫に入れて保管していたそうです。
その保管庫には鍵がかけてあり、その鍵は、自分のベルトに付属した倉庫等の各種のキーを取り付けるリングに混じって自分が持っていたと言ってます」
「じゃ、守衛のアリバイはどうなのか?」と、更に、質問は続く。
「守衛のアリバイも、深夜の政治討論番組の生中継を見ていたと言っており、テレビ局に問い合わせてみたら、犯行推定時刻に守衛の見た番組の中身は、それを見た者にしか答えられない内容だったそうです」と、中村係長が返答する。
「では、真犯人が、現金百万円程度を守衛に渡して、犯行時、守衛からマスターキーを受け取っていたとしたらどうでしょう……」と、また、別の刑事が聞いた。
「それは、理論的には不可能では無いでしょうが、何分、三人も不同意性交殺人されているのです。
例え、もしそうであれば、あのラウンジでの事情聴取の時に、誰々が、マスターキーをお金を出して借りに来たと言うでしょう。
あの気弱そうで善良そうな守衛の根性では、そうそう、嘘を言い続ける事は難しいと思います。それに守衛からはそんな大金は、持ち物検査でも見つかってません」と、中村係長は言い切った。
これまでの議論で、この事件の複雑怪奇な「大きな謎」の、全てが洗い出された。
しかし、事件の解決には、ほど遠い会議となってしまったのだった。
問題は、これだけで終わらなかった。
現代の事である。ネット上、SNS上で、犯人捜しの一大騒動が始まったのである。
皆の、思い思いで、真犯人を予測していた。
被害者女子学生の顔・名前は、テレビの特番で流れていた。また、当該、「人杭村」の『万能荘』に泊まっていた、慶早大学の男子学生の名前等は、新聞記事やワイドショーやらである程度知れていたので、慶早大学の学生らを筆頭に、次々に書き込まれていったのである。
ここでも、内部犯行説と外部からの侵入説と、二つの意見が大きくぶつかりあった。意外だったのは、外部犯行説が多かった事だ。
また、慶早大学医学部3年生在学中で、高木副会長の親友でもある大外修一のXへの書き込みは、現役の医学生の書き込みだけあって真実味があった。その彼は言う。
「あくまで伝聞で耳にした話から推計するに、被害者の女性器の裂傷状態から真犯人の男根は、勃起時、直径6センチ超え、長さ15センチ以上あり、標準的な日本人の大きさを少し超えている。
で、私の親友の高木竜一君や、アリバイの無い事で真犯人扱いされている三井純一君は、他人の証言からも、それほどの巨根の持ち主ではないと聞いている。この事からも、彼らの無罪を証明できるのでは?」と、Xで発信したが、この意見に賛同する者も多かったのである。
また、最も、オーソドックスな意見として、
「私立大学日本一の慶早大学の学生が、不同意性交罪に加え、更に殺人罪などを起こして、自分の人生を棒に振る筈が無い」、と言う意見が多勢を占めた。
また、「人杭村」が、かっては冬頃にこの村に迷い込んだ旅人を、村人が数少ない貴重なタンパク源として、当該旅人を叩き殺して、「人肉鍋」にして喰っていたのではないか?との、故:林先生の自費出版の著作『人喰村伝説考』の話も、この際、広く世間に喧伝される事になったのだ。
更に、記録のハッキリ残っている明治以降、ここ「人杭村」では、概ね20年に一度、最低でも数名を巻き込んだ村人同士の虐殺事件が起きていた事を『人喰村伝説考』には明記してあったが、「国立国会図書館」で、かっての新聞記事等を丹念に調べた投稿者により、それは事実として確認できたと言うのである。
この書き込みについて、その原因として、先程の慶早大学医学部3年生の大外修一は、
「人肉食や血族結婚等により、当該事件を引き起こす加害者の脳内に、例えば、異常なタンパク質(プリオン)が蓄積されたり、あるいは脳内の遺伝子に何らかの突然変異が起き、概ね20年に一度ぐらいに定期的に事件が起きたためではないか?」との仮説を立てていた。
現に、今から21年前、「人杭村」の65歳の男性が、隣近所の3軒の住宅に火を放ち、五人を焼死させ、自分も焼身自殺した事件があったのだ。
このSNS上の数々の意見は、当該県警も、大変に注視していたのである。
何故なら、「人杭村」の村人らには、日本人離れした巨根の持ち主が多いとの、噂話を既に掴んでいたからだ。
やはり、外部犯行なのか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます