第4話 各々の推理

 二回目の「人杭村連続不同意性交殺人事件対策本部」での会議の事である。


 ここで、ある驚愕の報告がなされたのであった。


 今日の会議での意見の発表者は、警視庁から人事交流研修事業で当該県警に派遣されて来ていた、警視庁捜査一課の刑事で、東大卒の超優秀な刑事と評判の金田小五郎であった。

 あまりに、探偵小説で有名な姓と名前に近いので、警視庁時代、周りから揶揄されていた人物であった。こちらの当該県警の本部長も東大卒であったため、警察庁に手を回して、派遣してもらっていた逸材だと言う。


 当該、金田刑事は、次のように述べたのである。


「今回は、今までの私の捜査結果を述べさせて頂きます」と、結構、大きな事を言う。


 金田刑事は、名前が、「金田一耕助+明智小五郎」に似ているため、小学校時代から級友達から、将来は警視庁刑事を経て警視庁長官だなあ……と、言われ続けてきたため、本人は財務省の役人が希望であったものの、いつのまにか、本当に警視庁刑事になってしまったのだったと言う不思議な経歴の持ち主でもあった。


 その彼は、言った。


「私は、この事件は、あの伝説の奇書『人喰村伝説考』が、この事件の発端となっていると考えます。


 今回の事件のように、大学のミステリー研究会の会員が、ある不思議な村や離島に行って事件に巻き込まれると言うストーリーは、推理小説、ホラー小説やスリラー映画等等、あるいは似たような漫画等で、今時、何処にでも転がっている、極、ありふれた筋書きでもあります。


 ですので、今回の事件そのものが、正に、巷間出回っている小説や映画、漫画の話その通りなのです。


 では、結局、どうすれば解決できるのか?それは、それらの小説や映画、漫画にもあるように、当該村に原因がある事を解明する事が最もの近道だと考えました。


 そこで、実際に「人杭村」に足を運んでみたところ、意外な事が判明したのです。それは、今度の事件の被害者の中の一人が、この「人杭村」と大きな関係があったのです」と、驚きの発言をした。


「それは、一体、誰なんだ?」と、思わず捜査一課長の長島警部も初耳であったのだ。

「それは、何と、3号室で縊死を装って殺された佐藤萌の父親の出身地が、あの「人杭村」であったと言う事です。


 つまり、佐藤萌の父方の祖父・祖母は、あの「人杭村」の住民だったのです。ただ、佐藤萌の父親は、高校を出た後、一人で東大に進学し、東京在中の女性と結婚した。その時に、住民票のみならず、本籍も、東京の奥さんに合わせて変えています。


 このため、東京の彼女が住んでいた世田谷区役所に問い合わせても、住所はともかく、殺された佐藤萌の本当の真実が分からなかったのですよ」


「と言うと、金田刑事はどんな推論を立てているのだ?」再び、長島警部が聞いた。


「簡単な話です。殺された佐藤萌の、実の父親はもとより、祖父・祖母が、「人杭村」に住んでいたのであれば、今まで、言わば単なる被害者の一人だと思われていた人物が、何らかの理由で、「人杭村」の若者らの誰かと、何らかの接点や関係を持っていたのではないか?

 SNSか何かでね。特に秘匿性の高い通信アプリを使ってね。


 そして、非常階段から3階の客室までやって来た「人杭村」の若者を、内側から鍵を開けて招き入れるとします。1号室と2号室のドアを開けれたのは、佐藤萌自身が女性だったから、深夜ドアをノックして、「私眠れないの」とか、「少し話がある」のと言えば、相手も女性だから、素直に簡単にドアを開けたでしょうから……」


「しかし、その彼女の佐藤萌自体も不同意性交され殺されてしまった。これは一体どう説明するのだ?」と、長島部長。


「それは、多分、彼女の予想外の出来事だったのでしょう。

 性欲の異常に有り余った犯人は、予想外に美人であった彼女まで突っ込んでしまったのでしょう。そして十分に満足すると、また、非常階段からコッソリと出て行った。

 この非常階段の鍵は、内側からボタンを押して閉める回転胴式のシリンダー錠だったのです。

 なお、外は、その頃、小さな雨が降っていたので、少々の証拠程度なら、この小雨で流されてしまった。


 特に、この温泉旅館『万能荘』の鍵は、建物自体が相当古いだけに、ほとんどが、部屋の中のボタンを押して施錠し、中から開ける時はドアノブを回すだけで解除します。

 ただし、中でボタンを押してそのまま外に出た場合は、その部屋独自の専属のキーか、マスターキーが必要です。

 今程述べた非常階段の鍵と全く同じで、今ではあまり使われていない回転胴式のシリンダー錠なのですよ」と、金田刑事。


「しかし、佐藤萌が「人杭村」と関係がある事が分かったのは、捜査の進展に大きな影響があるだろうが、その説はあまりに話が出来過ぎだなあ。このホシは相当な知能犯なんだぞ。今の推理では、何か、私の受ける感覚とうまく一致しないんだが……」と、長島部長。


 しかも、県警の鑑識捜査で、最初、仮定された「人杭村」の若者らの外部からの侵入説は、一応は、否定されていた筈だ。


 それは、当該事件があった日は、「人杭村」の若者らの15歳から30歳前後で、独身・既婚を問わず、村で作った「どぶろく」をメインにお酒、ビール、ウインナー、焼き肉で、現在のバーベキューを模した「どぶろく祭り」の日だったからだ。


 亡くなった故:林先生の『人喰村伝説考』には、この「どぶろく祭り」こそは、かっての人肉食時代の名残りではないか?と記載されていたらしいが、「人杭村」の若者十数名が全員が、「どぶろく祭り」の大きなテント内に参加しており、事件のあった時間帯に抜け出した者は、一人もいなかった事が分かっていたのだし、先程の鑑識の調査でも、『万能荘』に外から侵入した、痕跡はそう簡単には見つからなかったのである。

 こうなると、やはり内部犯行説しか残らないのであったが……。


 ところが、当該県警に匿名の電話が入って状況は、更に複雑になるのである。この匿名の電話は、多分、『万能荘』の今現在の守衛さんかも……。あるいは、かっての湯治客の誰かであったかも知れなかった……のだが、全く、不明なのだ。


 その電話の内容とは、今年の5月中に、この『万能荘』を訪れていた、二組のグループがあったと言うものであったのだ。


 そう言えば、慶早大学のミステリー研究会が、今年の「ミステリー探検ツアー」の行き先を決めたのは、4月の中旬で、その後、直ぐに大学生らしきアベックが来ていたのは、不思議な事だった。


 何故なら、概ね、この温泉旅館 『万能荘』にやって来るのは、主に中年から高齢の湯治客が主であって、若い人らが来るのは、それなりに珍しい事であったと言う。

 

 勿論、興味本来で訪れる若い人らはいない事もなかったが……。かっては、大学の准教授のような人物が、1週間近く泊まっていた事もあったと言うのだが。

 何でも、日本の秘湯巡りが趣味だと、言っていたそうなのだが。


 そこで、まず最初の5月の連休(ゴールデンウィーク)中に、宿帳に記載してあった、共に年齢20歳とあり、住所及びマンション名と名前が書いてあった男女のアベックの記載を徹底的に調査したが、そのような住所及びマンション名は存在せず、また記載してある姓名は、わざと崩したような字体であり、アベックと言えば、4号室の白石明菜と11号室のこの私の三井純一の筆跡とも比較してみたものの、特に似たところは無かったと言うのだ。


 しかし、敢えて、字体を変えて書けば専門家でも、キット分からないだろう。


 指紋も鑑定したが、既に、数ヶ月も経っており、湯治客も結構来ているので、その二人の指紋は全く検出できなかった。


 しかも、この時の『万能荘』の守衛室を警護していた前の守衛さんは、6月末にやはり故:林先生のように、心臓麻痺か何かで亡くなっていたのだ。享年67歳だったと言う。


 今現在の守衛さんは、今年の3月末で会社を定年退職した隣町の人が、当時、無職だったので、その後を引き継いでいたのである。


 何度も言うように、この『万能荘』には、防犯カメラなど、先進的な防犯装置は全く付いて無いので、その時の大学生らしき男女カップルの顔は女将さんも珍しい客だとは思ったものの、二人ともサングラスと帽子、マスクで顔を完全に隠しており、4号室の白石明菜と11号室の三井純一に似ていると言えば似ているし、似てないと言えば似てない等、ハッキリした確証は得られ無かったのだ。


 更に、5月中頃には、先程のカップルとは、また別の、同じく大学生風のニ人の女性が、一泊していた事も分かったのだ。


 このように、若い人らが、立て続けに『万能荘』に泊まる事は非常に珍しかったのである。これらの若い女性らも、それなりに変装をしていたらしく、やはり女将さんの記憶がどうにもハッキリしなかったのである。


 ただ、以上の事実から4号室の白石明菜と11号室の三井純一がやはり一番に疑われる事になったのである。


 3号室の佐藤萌も重要な容疑者の一人なのだが、まず最初の5月の連休(ゴールデンウィーク)中に、そのカップルは一体何しに『万能荘』にやって来たのか?その動機が今のところ解明不能である。ホントに単なる有る秘湯巡りだったのか?


 また、5月中旬にも、泊まって行った大学生風のニ人の女性らは、更に、何者だったのか?謎は謎を呼ぶのだが、どれもこれも、不確定要素満載なのだ。


 しかし、ここで謎のネタ晴らしをすると、5月の連休(ゴールデンウィーク)中にやってきた男女のカップルとは、この私と白石明菜ちゃんであったのだ。私らが、何を差し置いても『万能荘』に行ったのは、ともかく事前に、この不気味な「人杭村」の情報や下見をしたかったからだ。


 勿論、自分達から、この事実は県警には一切言ってはいないので、県警では私らではないかと疑ってはみても、どうにも、確信は持てなかったようだ……。


 しかし、今回の事件に全く無関係であるこの私からすれば、私らの後の、5月中旬に『万能荘』に泊まりに来た、もう一組の若い女性らの動向のほうが非常に気にかかる。

 この女性らの目的は、では何だったのだろう?


 この若い二人の女性の一人は、実は、3号室で縊死状態で見つかった佐藤萌なのでは無かったのではないのか?


 これに対し、また、この私、三井純一は、自分なりの仮説を立ててみた。


 私らの後の、5月中旬に『万能荘』に泊まりに来た一組の若い女性らの中に、きっと、佐藤萌がいたとして考えてみよう。


 後に、『万能荘』の女将さんに聞くと、やはりこの二人とも、サングラスと帽子、マスクで顔を完全に隠しており、誰だか全く分から無かったと言う。


 ところで、この、密室連続不同意性交殺人事件を解く最大の鍵としては、要は、どの部屋にでも入る事のできるマスター・キーを、何としても手に入れる事だ。


 しかし、例の謎の若い女性二人組がこの温泉に宿泊しに来た時に、マスター・キーを有していた守衛さんは、その後、死亡しているのだ。


 何かが、仕組まれていたのではなかろうか?


 ここにこそ、正に、正式な名探偵の出番では無いのか?


 で、私の推理は、実は、次のようなものだった。


 5月中旬にも一組の若い女性らが、『万能荘』に泊まりに来ていた事は、分かっている。

 問題は、この時に、その女性の誰かが、色気仕掛けで睡眠薬入りの酒を当時の守衛さんに飲まして、まず、眠らせる。


 その間に、マスター・キーの、型番を調べて、鍵の専門業者に通信販売で作らせたのでは無かろうか?


 無論、一切の、根拠は無い。


 しかし、この方法であれば、実は、マスター・キーは、実に簡単に作れるのである。


 鍵の専門業者に、マスター・キーのナンバーを知らせれば、スペア・キーは作れる。


 あるいは、マスター・キーの型を、柔軟なプラスチック粘土か何かで、型取りをし、その後、専門の業者に、復元して、スペア・キーを作りだす事もできるのだ。


 何はともあれ、このような方法を使えば、マスター・キーのスペアは、実に簡単に作れるのだ。特に、今ではあまり使われていない回転胴式のシリンダー錠のマスター・キーは、比較的簡単に作れるのだから。


 このマスター・キーさえあれば、不同意性交殺害された三人への部屋に、簡単に入る事ができる。


 では、そこまで推理するのならば、真犯人は、一体、誰なのだろう?


 既に、警察は、手詰まり状態になっている。このままでは、多分、迷宮入りになってしまうだろう……。


 それとも、アリバイの無い私を犯人に仕立て、「冤罪」覚悟で、起訴するのか?


 しかし、私には、白石明菜と言う、れっきとした恋愛相手がいる。どうしてもやりたくなれば、明菜ちゃんの所へ行けば、あっという間に済む事なのだ。


 テレビでの頭痛薬のCMの、「痛く」なったら直ぐ「セデス」では無いけれど、「やりたく」なったら直ぐ「明菜」状態だったのだ。


 このような状況では、警察も「冤罪」で、この私を、訴える事も難しいだろう……。


 しかし、警察も、犯人はいませんでした。分かりませんでした。では、メンツが立たない……。


 私は、思い切って、警視庁から派遣されて来ていると言う金田刑事の任意聴取時に、自分の、推理、いや、仮説を話して見る事にしてみた。


 警視庁一の頭脳を誇ると噂される金田刑事なら、意外に、私の話に賛同してくれるかもしれないのだ。


 私は、恋人の明菜ちゃんと、二人で、金田刑事に、自分の推理、仮説を述べてみた。


 私の述べた推理の要点は、次のとおりである。


①今年の、5月中旬に『万能荘』に泊まりに来た一組の女性らの、その一人は、3号室の佐藤萌とその友人では無かったのか……。


②その二人が『万能荘』に来た理由こそが、守衛さんを睡眠薬入りの酒か何かで眠らせて、その間に、マスターキーの鍵番号か、型取りを行う……。


③で、そのようにして作った、スペアキーの鍵を作り、今回の事件に活用する……何故なら、佐藤萌の父親は、元々、ここの「人杭村」の出身であり、かっての級友らやその「人杭村」の若者らと連絡を取り合って、今回の事件を引き起こしたのでは無いのか……。と。


「これで、どうでしょうか?」


 これに対して、金田刑事は、次のように聞き返した。


「大変に良く考えた推理だが、ただ、ここで、問題は、外部から侵入した形跡がホトンド無い事なのだ。ここをうまく、説明できれば、君の、推理もそれなりの説得力はあるのだがなあ……」


 ここで、明菜ちゃんが、何と、驚愕の推理を述べるのである。


 果たして、彼女は、一体、どのような推理を述べたのであろうか……。


 そして、その推理は、しかし、ほとんど、迷宮入りになりかかっていたこの事件の、本質に、迫るものだったのかも知れなかった。  



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