第3話 プテラノドン。ライトノベル。焼け野原

プテラノドン。ライトノベル。焼け野原


 俺の聖典がプテラノドンに奪われた。なぜ現代日本の街中にプテラノドンがいるのか不思議でならないが、そこは俺にとってどうでもいいことだ。重要なのは聖典が奪われたというその一点である。

 左足に聖典を捕まえて滑空するプテラノドンを、俺は自転車を立ち漕ぎして必死に追いかける。プテラノドンは俺がギリギリ追いつけないスピードを維持し続けており、時折こちらを観察してニヤニヤと笑みを浮かべている。


「なんだぁプテラこの野郎!! 煽ってんのかぁ!???」


「ぷーてらてら! 悔しかったら追いついてみろのどんどん!」


 俺がプテラノドンに向かって叫ぶと、驚くべきことに返事がきた。

 くそが。絶対に取り返してやる。俺の聖典を。みゃあもとにゃんじろう先生のサイン入りライトノベル「そして誰もいにゃくにゃった」通称「そしいにゃ」を。

 ふと、俺はプテラノドンが少しずつ高度を下げていることに気づいた。いつか読んだ恐竜図鑑で、プテラノドンは滑空に限度があって羽ばたいてもさほど高度を稼げないと書いていたことを思い出す。こちらの読みが正しいことを証明するかのように、やがてプテラノドンは民家の屋根に降り立った。


「しめたっ!」


 あとは近づくだけ。勝機を確信した俺に向かって、プテラノドンは口から炎の息を吐き出した。民家の周りの庭が焼け野原になる。


「ぷてらぁ! サイン入りのそしいにゃは絶対に渡さないのどんどーん!!」


 お前、ファンかよ。

 プテラノドンが火を吐いたことよりそちらのほうが気になった。

 

「みゃあもとにゃんじろう先生のライトノベル! ずっと欲しかったどん! はじめての一冊どん! オマエが諦めないなら、このまま世界中を焼け野原に変えてやるどん!」


 プテラノドンは次々と放火を繰り返す。俺は焼け野原の一歩手前で自転車を止めると、息を整えてこう言った。


「あげるよ。それ」


「え?」


 プテラノドンは目を丸くする。


「あげるって言ったんだよ。そのライトノベル」


「い、いいのかどん? 貴重なもののはずどん?」


 確かに貴重なものだ。だが、事情が変わった。


「布教はファンの義務だ。みゃあもとにゃんじろう先生のライトノベルを一冊も持っていないなんて、そんな悲劇は見過ごせない」


「……っ! ありがとう! ありがとうどん!」


 やれやれ、みゃあもとにゃんじろう先生について語り合える友ができたぜ。

 焼け野原になった民家の表札に「宮本」と書いてあるけど、みゃあもとにゃんじろう先生とは無関係であることを祈り、プテラノドンと肩を組んでその場を後にした。

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