07. 男性は衰退しました

 ママンに抱っこされたまま、二人でテレビを観る。


『遺伝子、それは生命の設計図──』


 テレビから流れる穏やかなナレーション。

 なるほど、今日は生物学の勉強なのね。


『──遺伝子はDNAとも呼ばれ、生物を形作る重要な生命構造です──』


 おお。

 二重螺旋構造とか、解説がかなり本格的だ。

 6歳児にはちょっと難しい内容だと思うけど……そこんとこどうなの、ママン?


 そんなことを考えつつ振り返ってみれば、俺を抱っこしているママンはいつもと同じ笑顔だった。

 どうやら、この番組でいいらしい。

 まぁ、ママンらしいと言えばらしいな。


 うちのママンは、俺のことを天才児か何かだと思っているフシがある。

 だからか、難しい本でもお構いなしに教材として使ってくる。

 おかげで、俺のが学習はかなり進んでいる。

 まぁ、中身は大卒のおっさんだからね。

 逆に、お絵本とかしか読ませてもらえない方が苦痛だ。


『──生物の遺伝子は、細胞内にある染色体と呼ばれる構造に記録されています──』


 うん。

 ここは中学の理科で習ったことあるな。

 脳内で復習しながら、次のトピックまで聞き流す。


『──性染色体には、2つの種類があります。

 一つはX染色体、もう一つはY染色体です──』


 話が性染色体まで進むと、ママンが嬉しそう口を開いた。


「ほ〜ら、ゆうちゃん。

 この性染色体というのはね、ゆうちゃんにもママにもあるのよ」


 うん、知ってる。

 知ってるけど、一応「へ〜、そうなんだ」とたった今知ったフリをしておく。

 これが理解できる6歳児もどうかと思うけど、そんな6歳児を「天才児」の一言で片付けてしまううちのママンもどうかと思う。


『──私たち人類の性別は、このX染色体とY染色体の組み合わせによって決定されます──』


 穏やかな女性ナレーターの声が続く。

 耳元で「ここが大事なところよ、ゆうちゃん、よく聞いてね」とママンが囁く。

 あ、やっぱ性別ここの部分って大事なんだ。


『──人間は母親からX染色体を受け継ぎ、父親からはX染色体またはY染色体を受け継ぎます。

 父親から受け継いだのがX染色体だった場合、子供の性染色体は「XX」となり、性別が女性となります。

 反対に、父親から受け継いだのがY染色体だった場合、子供の性染色体は「XY」となり、性別が男性となります──』


「ゆうちゃんは〜、この性染色体が『XY』だから〜、男の子なのよ〜」


 めっちゃ嬉しそうな声でそう言うママン。

 さながら天井なしのガチャでURウルトラレアを一発で引き当てたことを自慢するソシャゲプレイヤーのような声色だ。

 うん、分かるよママン。

 だって、現地球こっちだと、Y染色体を受け継ぐこと自体が超超超レアだもんね。



 現地球の歴史を紐解けば、人類は太古の昔より女性の方が多かった。

 ただし、その比率は男女比およそ1:1.2と、今ほど極端には偏っていなかった。


 それが狂い出したのは、紀元前5世紀頃から。

 これまでは男女半々の比率で登場していた壁画や古文書から、男性の姿が徐々に消えていったのだ。

 それから3〜4世紀ほどすると、書物や絵画の記載は9割が女性となった。

 重要な人物やイベントに関する記述や肖像画はほぼ女性で、男性の記述は添え物程度。

 これらのことから、紀元前までは男女半々だった社会が、西暦が始まった前後で女性中心の社会へと様変わりしたことが分かる。

 イメージとしては、前地球とは真逆の社会構造だ。

 社会を根本から支え動かしたのは、すべて女性。

 女性が領主や国王となって政治を動かし、商人となって経済を回し、兵となって戦場を駆けた。

 逆に、男性は人権のない添え物。

 女性に寄り添い、時には戦利品として略奪の対象となり、時には褒美として下賜され、「花」としての側面を強めていった。

 近代になると、「女性解放フェミニズム運動」ならぬ「男性解放マスキュリズム運動」が勃発し、男性の地位は向上。

 それによって、男性は再び社会進出することができるようになった。

 が、この時には既に男性はどうしようもなく少なくなっており、更には男性自身が社会進出に消極的になっていた。


 どうしてこんな事態になったのか、長らく謎とされていた。

 が、近代になって性染色体が発見されたことで、その原因が解明された。



 現地球の男女比が極めてアンバランスな原因。

 それは、男性の持つY染色体が著しく劣化したからだ。



 うん、これ、前地球でもあったね。

 詳しくは分からんけど、前地球でも、男性が保有するY染色体の劣化は起きているらしい。

 なんでも、X染色体は父親と母親のどちらからも受け継ぐから、劣化しても修復されるとかなんとか。

 逆に、Y染色体は父親からしか受け継がれないから、劣化しても修復できないとかなんとか。

 前地球の男子が近年、草食系やら絶食系になりつつあるのも、このY染色体の劣化が原因だとかなんとか。

 そんな感じのことを、科学者か専門家が言っていたのを覚えている。


 それで。

 どうやら、同じことが現地球でも起きているらしいのだ。

 ただし、前地球よりもずっと前から。

 前地球でY染色体の劣化が顕著になり始めたのは現代辺りからだが、現地球では遥か25世紀前から既に顕在化が始まっていたらしい。


 このY染色体の劣化のせいで、現地球の男性は色々と「弱く」なっているそうだ。

 肉体的に弱いので、運動神経は悪く、健康状態にも気を使う必要がある。

 精神的にも脆弱なので、メンタルケアは必須。

 肝心の生殖能力に関しても、機能低下が顕著に見られる。

 これらの諸々のせいで、現地球の男性諸君は繁殖に対してかなりネガティブだ。

 なんでも、現代ではもはや「草食系男子」ですら少数派で、近頃は「絶食系男子」や「植物系男子」がデフォらしい。

 ネット情報だと、近年ではそれらすらも超えた「共食い系男子」が急増中だそうな。

 恐ろしや……。


 困ったことに、Y染色体の劣化がもたらしたのは、なにも男性の絶食化だけではない。

 一番の問題は、遺伝子としての基本機能である「遺伝情報の伝達」すら満足にできなくなっていることだろう。

 なんでも、Y染色体が弱体化しすぎて、もはや受け継がれること自体が難しくなっているそうだ。

 だから、人工授精をしても、受精卵は極めて「XY」になり辛い。



 これこそが、男の出生が少ない根本的な原因だ。



 現地球では体外受精技術が発達しているので、男女を産み分けること自体は可能だ。

 ただ、それは技術的に可能である、というだけのこと。

 実際にやろうと思うと、信じられない量の精子と卵子を無駄にすることになるので、人為的な産み分けは世界規模で禁止されている。

 男児が生まれるかは、運を天に任せる他ないのだ。

 だから、男性の数は一向に増えない。

 むしろ、Y染色体の劣化が進むせいで減少の一途を辿っている。


 ……え?

 これ、人類詰んでね……?


 まぁ、俺一人でなんとかできるようなことじゃないから、焦ってもしょうがないけどね。

 科学者たちも色々と頑張って研究しているみたいだし、難しいことはすべて専門家に任せるとしよう。

 今のところ成果らしい成果は皆無みたいだけど……。


 とにかく、なるようになるだろう。

 人間って、かなりしぶとい生き物だからね。

 ヤバくなったら、勝手に進化していく。


 現に、Y染色体が弱くなった代わりに、X染色体はすごく強くなっているからね。

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