08. 遺伝子は曲者

 ママンと一緒に教育番組を見ていると、


 ピロリロリロリン♪


 とママンのスマホが鳴った。


「は〜い」


 スマホをキッチンに置いてきたらしい。

 電話に出ようと、ママンはお膝に乘せた俺をヒョイッと持ち上げ、ヒョイッとソファに下ろした。

 その仕草は、実に軽々としている。

 まるで、ティーカップを持ち上げてテーブルに置くかのようだ。

 ……俺、体重20キロくらいあるんだけど……。


 まぁ、これも遺伝子のおかげなんだけどね。



 現地球では、男性が持つY染色体が著しく劣化している。

 代わりに、それに呼応するように、もしくは補うように、女性の持つX染色体が極めて強くなっている。

 おかげで、女性は色々と「強い」。

 現に、女性はみんな見目麗しく、身体能力に優れている。

 おまけに繁殖欲求も強くて、多産だ。

 まさに進化である。

 でなければ、人類はとっくの昔に滅びていただろう。

 ここまで男性の数が減ってもまだ人類がなんとか存続できているのは、まさにこの進化したX染色体のおかげなのだ。


 とは言え、いい事ばかりでもない。

 X染色体が強くなったは良いが、そのせいでY染色体がX染色体に競り勝てなくなってしまったのだ。

 具体的に言うと、一度Y染色体を保有する精子によって受精したはずの受精卵が、後からきたX染色体を保有する精子によって書き換えられてしまうらしい。

 要は、受精卵のNTRだ。


 俺氏:いやそうはならんやろ。

 現実:なっとるやろがい。


 とまぁ、こんなことが実際に起きているらしい。

 しかも、割と頻繁に。

 すると、どうなるかと言うと────男の数が減る。


 せっかく男の子に分化するはずだった受精卵が、強制的に女の子に書き換えられてしまうんだもん。

 そりゃあ、男の数も減るわな……。



「はい、小鳥遊です」


 テレビの音量をミュートにしたママンが電話に出る。

 俺は、漏れ聞こえてくる会話を盗み聞く。


『警護のあずまです』


 どうやら、話し相手はあずまさんらしい。

 彼女は、俺の警護をしているSPの一人で、SPたちのリーダーを努めている。


『午後にご予定されている買い出しの件について、移動経路等の再確認をさせていただきたいと思います』

「分かりました。

 では、第一応接室にてお待ちしております」


 スマホ越しにお話をするママンの背中を眺める。

 華奢な体つきのママンだが、フライパンくらいなら素手で折り畳める。

 どこ触っても柔らかいのに、どうやってそんなパワーを出しているのか。

 ホント、不思議だよね……。


 一般人でしかないママンですらこうなのだ。

 外で警護してくれているSPの人たちは一体どれほど強いのか、もう想像すらつかない。

 多分、俺の頭くらいなら片手で握りつぶせるんじゃないかな?

 恐ろしや……。



「護衛のお姉さんが来るの?」


 無邪気に聞いてみると、ママンは複雑な顔をした。


「そうよ。

 ゆうちゃん、前にお買い物に行ってみたいって言ってたじゃない?

 そのことでちょっとお話しなくちゃいけないの」

「じゃあ、僕も一緒にお話する!」


 生まれて初めてのお出かけだ。

 俺もその話し合いに同席すべきだろう。


 すると、ママンは「やっぱりこうなっちゃうのね」とばかりに苦い顔をした。


「……ねぇ、ゆうちゃん……やっぱり考え直さない?

 男の子がお出かけなんて、危ないわ」


 胸の前で両手を組むママン。

 俺を見つめるその両目は、可哀想なまでにウルウルしている。

 さながら苦しむ民に心を痛めて神に祈りを捧げる聖女のようだ。

 普通の男なら、一発で「仰せのままに」となるだろう。


 が、ママンよ。

 その反則級の涙目、息子である俺には効かんぞ!


「……ダメなの、ママ?」


 こちらも、涙目の上目遣いで対抗じゃ。

 いつもはしないママ呼びも付けちゃる。


「うっ、ゆうちゃん……!

 ゆうちゃんにそんな顔されたら、ママは……ママはっ……!」


 よしよし。

 ママンがよろめき始めたぞ。

 効いてる効いてる。


「僕、テレビの中でしかお外を見たことがないから……本物の街とかお店とか、見てみたいの……」

「ゆ、ゆうちゃんっ……!!」


 お、ウルウルしてたママンの目に本物の涙が溜まり始めた。

 もうひと押しだな。

 できるだけ不安に聞こえる声色で──


「……ダメ?」

「ゆうちゃぁぁぁん!」


 ついにママンの涙腺が決壊した。

 ガバリと抱きしめてくる。


「ごめんねぇぇぇゆうちゃぁぁぁん!」

「ううん、謝らないで、母さん。

 僕知ってるよ、母さんがいつも僕のためを思ってるって」

「ゆうぅぅぅちゃぁぁぁんんん!」

 

 大泣きするママン。

 俺が苦しくならないよう抱きしめる力をセーブしている辺り、さすが母親である。


 とりあえず、ヨシ。

 これで俺のお出かけは確約された。

 何日も前からママンにおねだりして、やっともぎ取ったお出かけ許可だ。

 絶対にパァになんてできない。

 そのためにママンを泣かせたのはちょっと罪悪感あるけど、心を鬼にするしかないだろう。

 こうでもしないと、逆にママンの泣き落としに嵌っちゃうからね。

 止めてくれママン、その涙は俺に効く。


 とにかく、これでようやく外に出られる。

 家の中は、もう飽きた。

 俺は、なんとしても外に出るんだ!

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