第24話 バイトはじめます


 レイナの話を聞きながら、朝食を美味しく食べ終えた俺たち。


「…あと、今更なんですが、本当は妖精って人間に見られてはいけない決まりなのです」


 歯を磨きながらテレビを見ていれば、キッチンで洗い物をしている彼女はそう言った。


 思わず振り向けば、レイナは手は動かしたまま視線をこちらに向けている。

 どこか不安そうにした表情からは、なんとなく言いたいことが伝わってきた。


「あー、うん」

「今回はこちらの事情でこういった状況になってしまいましたが」

「大丈夫。言ったところで誰も信じてくれないし、言わないよ」


 俺のそんな言葉にホッと安心したようだった。

 しかし、すぐに何かを考えるように、眉を寄せて難しい顔をすると、彼女は洗い物をする手を止めた。


 そして顔を少し下げて、こちらを窺うように俺を見ながら言うのだった。


「…憲司さん、あの、改めてなんですが、しばらくこちらにお世話になってもよろしいでしょうか」


 そう言った瞳は少し潤んでいるようで、なんだか俺が悪いことをしたような居た堪れない気持ちになる。


 彼女は多分、帰る方法があるにもかかわらずそれをしなかったことに申し訳なく思っているのだろう。

 そもそも帰る方法があるなら同居なんてしなくてすんだはずだし、色々買い揃える必要もなかったわけで。

 こんな話をすれば俺に追い出されることだってあるかもしれないのだ。


「何言ってんの、もうお世話になってるだろ」

「そうですが」

「やりたいこと、あるんだろ?それまでゆっくりしていけば?」

「…いいんですか?」

「今更だしな」

「……ありがとうございます!」


 途端に潤んだ瞳を輝かせて、パァッと花が咲くように笑ったレイナ。

 そんな彼女を見れば、なんだか複雑な気分になり俺は眉を下げて笑った。


 俺だってそこまで薄情な男じゃない。

 出会って数日しか経っていないが、すでに彼女に情だってあるわけで。

 なんならレイナが来てからというもの、普段よりも快適な暮らしをできているくらいだ。今更追い出す理由もない。


 しかし、出会った当初はかなり面倒に感じていたことも事実である。

 あの時に帰る方法があることを知っていれば同居なんてしなかったはずだ。

 レイナは多分そんな俺の考えをわかっていて、それもあって、きっと不安だったのだろう。


 数日でここまで変化する自分の考えに驚きながらも、レイナの俺に対しての人物像になんだか複雑な気分になるのだった。



 とりあえず話がひと段落したところで、俺は洗面台に戻り身支度をはじめていた。

 出かける準備を整えて再びリビングに戻れば、まだ何か用があったのかニコニコと彼女はこちらに駆け寄ってくるのだった。


「憲司さん、私バイト始めることにしました」

「え?」


 そして、そんなことを言う。


「やっぱり色々とお金がかかると思うので」

「いや、まぁそうだけど。前も言ったけど俺ちょっとは余裕あるから大丈夫だよ?」


 実を言うと、俺の住んでいるこのマンションは両親の物だったりする。

 そこに住まわせてもらっているわけなので、この部屋の家賃はないのだ。

 ちなみに、最近亡くなった祖父の家を数年前に取り壊してそこに建てたのがこのマンションだった。

 と、まぁ、俺の実家はそこそこ裕福だったりする。

 そういうわけで、家賃がない分しがないサラリーマンの俺でもレイナ一人くらいは養ってはいけるのだ。


「いえ、私が気になるので」

「…まぁ、レイナはそうなるよな」


 しかし相手はこのレイナ。

 頑固と言うか生真面目と言うか、何を言ってもやると決めたらやるんだろうから、彼女の好きなようにさせることにしよう。


「明日面接に行こうと思います。夕飯までにはもどりますので安心して下さい」

「え、もう決めてたの?どこ?近く?」

「こちらです」

「…」


 そう言ってレイナが渡してきたのは、駅前で配られるポケットティッシュ。

 その裏には「どきどき!メイド喫茶」と大きな文字で書かれてあり、すぐに頭を抱えることになった。


「日本はメイドが沢山いるんですね。知りませんでした」

「……んー、まじか」


 好きなようにさせよう、なんて思った自分がバカだった。

 何か大きな勘違いをしているレイナを唖然としながら見ていれば、彼女は仕事を見つけてわくわくと楽しそうに笑っている。


 そんな彼女に説明をして誤解を解いてあげたいのは山々なのだが、うまく説明できる気もしないしどうしたものか。

 まぁ、メイド喫茶で本物のメイドが働いているところを見たい欲は正直あるのだが…。


 いや、そんなことよりもだ。

 この見た目のレイナがいたら確実に面倒事になりそうな予感がプンプンする。

 店だって近所だし客が家にでも来てしまったらどうするんだ。というか俺の身がまじで危ない気がする。絶対ダメだ。


 と、そんな考えを一瞬でした俺は、ちょっと敷居の高い喫茶店、メイド服風な制服ありの店を探して勧めてみるのだった。


「…レイナ、こっちにしてみない?」

「素敵なお店ですね」

「だよな、そっちにはキャンセル入れてこっちに連絡しとくよ」

「…ありがとうございます?」


 そんなわけで無事にレイナのバイト先が決まり、これから本格的に俺たちの同居生活が始まるようだ。

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