第7話 土砂降りの雨の理由
「で、どうするの?」
しばらく笑った後、ビールで濡れた床を拭きながらそんな言葉を投げかければ、彼女はひどく驚いた顔をした。
「え、信じてくれたんですか?」
「まぁ、信じたくないけど夢ではなさそうだし」
「そうですか」
そして少しでも信じてもらえたのが嬉しかったのか、その表情は一変してキラキラと満面の笑みに変わっていく。
「で?帰れないんでしょ?」
けれどそんな俺の言葉によって自分の置かれた状況を思い出したのか、眉を寄せた彼女の視線は床へと落ちていくのだった。
彼女には悪いがそのコロコロと変わる表情は見ていてなんだか面白いし楽しくなる。
可愛い「妖精」が俺の目の前で色んな表情を見せてくれているだけで、なんだかテーマパークのアトラクションのようなのだ。
しばらくそんな彼女を観察していれば、うーんと何かを考えるように、そして何かを言いたそうな様子でしばらく俺の目の前でうろうろと彷徨うと、その動きは突然ぴたりと止まり再びこちらへ視線を向けた。
そして、次に出てきた彼女の言葉に、その場を動けずに固まるのだった。
「……しばらく、同居させていただいてもよろしいでしょうか?」
眉を下げて俺をじっと見つめる蜂蜜色の瞳はひどく揺らいでいた。
両手を握って懇願するような小さなその姿に、何を返せば良いのかわからない。
…おいおいおい。なにこの展開。
言っておくが俺はまだ、この状況を楽しんではいるが決して、——決して、呑み込めているわけではない。
それに俺はそんなに紳士的でもなければお人好しでもないわけで。
美少女だしワンチャンあるかな、くらいでお人好しなフリして下心も勿論あってのことだったわけで。
基本的に俺の人生において面倒事は避けてきたし、勿論自ら突っ込んだりなんて絶対しない。
女性に対し来るもの拒まず去るもの追わず精神ではあるが、あくまでそれは「人間」の女性であってのことで。
完全に見た目が好みであっても、「妖精」は受け付けていないわけで。
「……まぁ、いっか」
「え、いいんですか?」
いいわけがない。
そんな軽く了承してしまう案件ではない。
そんなことは頭でわかってはいるのだが、口が勝手に動いているのだからしょうがない。
「ありがとうございます!」
綺麗に笑った彼女をみて、何故だか無性に胸が苦しくなった。
少ししか飲んでいないはずなのにフワフワとした感覚で身体が熱くなる。
そうだ、酒を飲んだせいだ。雨に打たれて疲れたせいだ。
というか今の自分はまともな判断なんてできる状態なわけがないのだ、とこれで何回目だろうか俺は考える事を放棄した。
ふと、窓の外を見てみればいつの間にか雨は止んでいて、そこには珍しく綺麗な虹ができていた。
〈——雨はね、心の涙なんだ。
泣きたくても泣けない人の代わりに泣いてくれているんだよ〉
そして柄にもないことを考えてみたりするのだった。
この酷い土砂降りの雨は、彼女の涙だったのかな、と。
「よろしく、レイナ」
そんなわけで俺は祖父が死んだ次の日に「妖精」という生き物に出会いました。
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