第4話 土砂降りの雨の理由



 急いでシャワーを浴びてこれば、リビングには部屋に上がった時のまま、その場で静かに窓の外を眺めている女がいた。


 一応「お風呂先にどうぞ」とレディーファーストを試みてはみたのだが、案の定遠慮されたのだ。

 そんなわけで、先に入るなら素早く済ませてやろうと、俺は湯船に浸かるのを断念していつもより早くシャワーを済ませたのだった。


「お風呂どうぞ?お湯もはっといたから浸かったほうがいいよ、女の子だし」


 彼女に話しかけてみれば、すぐにこちらを向いて「ありがとうございます」と言う。

 そして、脱衣所に案内をしてタオルと適当な部屋着を渡せば、俺に向かって小さく頭を下げた。


 どうやら礼儀はちゃんとしているらしい。

 いや、玄関先でしゃがみこんでいる時点で礼儀があるとは言えないのだが。

 それでも「ありがとう」や「すみません」という当たり前のことが言える、ということは人並みの礼儀はあるわけで。

 素性がわからない分、そんな人間性がわかっただけでもなんだか少し安心した。


 よし、後で脱いだ服は洗って乾燥機にかけておいてやろう。部屋着のまま帰って後日返しに来られても面倒だしな、なんて考えながらパタンと扉を閉めれば、奥からはすぐにシャワーの音が聞こえてきた。


「あー、まじで疲れた」


 女子のお風呂は長い。

 これは、数年前に同棲を経験して知ったひとつである。


 というわけで、先にビールを飲んで鑑賞会をすることにしよう。

 やっと一息ついて全身の力がフワッと抜けていくのを感じながら、冷蔵庫から冷えた缶を取り出して俺はソファーにダイブした。


 とりあえず今は彼女のことは深く考えないことにする。

 現実逃避を決め込んだ俺はプシュっとビールの缶を開けた。テレビをつけて準備をしながらごくごくと酒を流し込んでいく。

 ダラダラとそんなことをしていれば、ガチャンとドアが開く音がした。


 すると、15分もたっていないだろう。彼女が脱衣所から出てくるのだった。


「お風呂、ありがとうございます」

「…あぁ、うん、早かったね」


 ……はい、現実逃避、終了。


 数分間の現実逃避が終了して、再び向き合うことになったこの現実。

 そして「女子のお風呂が長い」は個人差があるということを俺は今日初めて知った。


「うわ、やっぱブカブカだったね」


 そう言って彼女を見てみれば渡した俺の部屋着を着ていて、間違いなくこれは「ザ男心をくすぐる格好」であった。

 そしてやはり美少女の爆発力は凄まじく、血色の悪かった真っ白の肌はほんのり桜色に染まっていて艶やかで、そんな格好も相まって勝手に鼓動は速くなる。


 彼女の姿をまじまじと見て「彼シャツ」ならぬ「彼部屋着」も、着る人により個人差があることを俺は今日、初めて知るのだった。


「で、君の名前は?なんであそこにいたの?」


 そんな考えを誤魔化すように再び話しかければ、くりっと大きな瞳と視線がぶつかる。

 日本人では珍しい綺麗な蜂蜜色の瞳。


 カラコンでもしているのだろうか。それとも外国人?普通に日本語を話しているところを見るにハーフなのだろうか。


 しかし、そんな言葉にはすぐに返答がなく、なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして「まぁ、答えたくなかったらいいけど」と言葉を付け足してみると、



「はじめまして、妖精のレイナです」



 返ってきたのはそんな言葉で、俺は思わずビールを吹き出すのだった。

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