第3話 土砂降りの雨の理由
「…あの」
普通に考えて、見ず知らずのずぶ濡れの女が自分の部屋の前にいたら怖い。
いくらその女が美少女だとしても、怖いものは怖い。
冷静になればなるほど、「びしょ濡れじゃないですか。なにかありましたか。大丈夫ですか」なんて漫画のようなお人好しすぎる対応をすぐにはできない現実がある。
自分のそんな人間性に何だか悲しくなりながらも、目の前の彼女を見てみれば、かと言ってこのまま放っておくこともできないのも事実で。
そういえば、彼女はいつからここにいたのだろうか。
俺よりもひどく濡れたその身体でここにずっといたのだろうか。
彼女を見れば少し肩が震えているのがわかった。
白く華奢な腕はぎゅっと身体の横に寄せていて、濡れたワンピースの裾を握っている。
「…とりあえず、入ります?」
俺は何を言っているのだろうか。
見ず知らずの素性も知らない女を簡単に部屋にあげようとするなんて。
かけるとしてももっと他の言葉があっただろうに。「…とりあえず、入ります?」って何だよ、もうちょっと先に心配したりとか優しい言葉をかける余裕はないのかよ、と自分に悪態をつきながらドアノブに手をかけた。
まあ、冷静になったところで余裕なんてあるわけないわけで。
とりあえず俺は部屋に早く入りたいし、彼女もこのままだと風邪を引くだろう。
無理矢理払い除けて追い返せばあとあと面倒なことになりそうだし。事件にでもなったら後味悪いし最悪だ。
…なんて、理由は何にしろ、優しい言葉をかけれなかったにしろ、これは俺も立派なお人好しなのでは?
がちゃり、と鍵を開けてドアを開けばもう一度彼女の方を見る。
立ち上がった彼女はお人形のように美しく、冷静になった今でもやはり神々しく輝いて見えるほどだった。
だから、まあ、これは立派なお人好しでも善良な行いでもなんでもなくて。
あくまでも彼女だからこうなったのだろう。
中年のおばさんだったらこうはいかない。
そういうことなのである。
「え、いいんですか?」
「うん、とりあえず身体冷えるしどうぞ」
「ありがとうございます」
「よかったね、可愛くて」
「え?」
「あー、その、別に変なことしないよ?…や、場合によっては、するかもしれないけど。でも同意の上でしかしないから」
「…」
「それでもよければ」
「はい」
「いいのかよ!」
綺麗に「はい」と返事をした彼女にどきっと胸が高鳴った。
同時に少しの下心を見透かされて罵声を浴びせられなかったことにほっとする。
なんだ、もしかしてこの子とんでもない遊び人なのでは?
今の話の流れからしたら確実に同意の「はい」でしたけど。
わかって言ってるのか、もしくはわからないふりをしている天然系女なのか。
後者だとしたらかなり苦手なタイプになるのだが、まあ、見た目でプラマイプラにはなるので結果問題はないわけで。
というか今夜がどっちのタイプであれ俺にはどうでもいいことだった。
どうせもう彼女とは会うこともないのだから。
「はあ、やっと帰ってきたー」
「…お邪魔します」
ドアを開ければ見慣れた落ち着く空間が広がっていて、同時にどっと押し寄せてくる疲れ。
…ああ、やっと現実に戻ってきた気がする。
ここまで数分の出来事だったのだろうが、やけに時間が長く感じていた。
びしょ濡れになった疲労やら何やらで身体はヘトヘトになっていて、彼女をエスコートする余裕もなく俺は適当に靴を脱ぎ捨てて急いで部屋に入っていった。
時計を見れば、やはり彼女とは3分程度のやりとりだったようだ。
葬式終わりにこの展開は、正直きつい。
というか疲労感がハンパない。
…今日が木曜日だなんて。
せめて金曜日であってほしかった。
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