第2話 土砂降りの雨の理由
傘を閉じてエントランスを通り何時もの調子で二階に上がれば、そこにはびしょ濡れになってうずくまった女がいた。
交互に視線を動かしてみるが、やはりそこには「203」と書かれた見慣れたプレートと、そのプレートがある扉の前でうずくまった女の姿。
そして、先ほどの言葉が飛び出したのだった。
「……えっと、どちら様?」
その言葉に反応してぴくり、と動いた透き通る様な白い身体。
見たこともない艶やかな綺麗な金色の濡れた髪からは、ポタポタと雫がおちていく。
今、俺は夢でも見ているのだろうか。
そう思うほど、目の前には現実離れした光景が広がっていて。
人、と思ってもいいのだろうか、と。
思考がおかしくなるほどに、その空間だけが光り輝いてみえる神秘的な美少女がそこにはいた。
「…まじで夢?……ではないな」
瞬きを繰り返しながら彼女を見ていれば、濡れた美しい金髪から、ちらり、と見えた大きな瞳と目が合った。
髪よりも少し落ち着いた、蜂蜜色の綺麗な瞳だ。
そして、吸い寄せられるようにその瞳から目が離せなくなる。
どくん、と、胸が苦しくなるのは初めて見たこの神秘的なモノのせいなのか。
それとも非現実的な現状を目の前にして身体がおかしくなっているからなのか。
——そして、この光景を初めて見たはずなのに、どこか懐かしくも感じてしまうのはなぜなのだろうか。
そんなことをぼうっと考えていれば、数秒後に彼女はゆっくりと立ち上がり言葉を発するのだった。
「迷子になっちゃって」
初めて聞くその声はひどく弱く、綺麗な声で。
薄暗い中見える彼女の全身を現す立ち姿は、今にも消えそうなほど儚くて。
ドロドロとドス黒く混ざり合い消えていく雨とは反対に、眩しく光り輝いていた。
「…はぁ、」
「どうしましょう」
「俺に聞かれても」
「…ですよね」
「とりあえず、ここ俺の部屋なんでどいてくれます?」
数秒の間、状況を理解できずに意識が飛んでしまっていた俺も、酷い雨音と身体の寒気で我に返って言葉を返した。
そんな俺の言葉にハテナマークを浮かべた彼女にもう一度「ここ」と、今度は指を差しながら伝えると、驚いた様子もなく「すみません」と一言発するだけだった。
そして、何故だろうか。彼女は依然としてその場を動こうとはしないのだ。
「…えっと、聞いてる?」
この状況を一向に理解できなくて、寒くて頭も回らなくなった俺は徐々に考えることを放棄していく。
とりあえずゆっくり湯船に浸かりたい。そして風呂上がりのビールを早く飲みたい。
飲みながら続きが気になるNetflix作品を観てダラダラと過ごしてそのまま寝たい。
考えることをやめた俺の頭には、そんな願望だけがぐるぐると流れ始めていた。
……え、ていうかまじで何この状況。
部屋の前に見ず知らずの女がずぶ濡れでいたら、怖いよな?
そして一周回って冷静になれば、冷や汗が滲み出てくるのだった。
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