[過去の体験]
「実は一度だけ、俺にも不可解なことがあったんだよ。お前の件で色々調べてるうちに思い出したというか・・・・まあ中学の頃の話だけどな」
最後まで話を聴いてくれと言った脩一がふいに自分語りをし始めた。
「その日は母親が風邪で寝込んでて学校帰りに家の近くのスーパーで牛乳パックと卵を買って来てくれと頼まれてたから行ったんだよ。ところが入ったら店内のレイアウトがガラッと変わって2日くらい前に行った時とは別のスーパーみたいになってて、しかも牛乳もいつも買うのが置かれてない。何年も飲んでる銘柄だから店員に聞いたら『ここにある以外は置いてないですね』と言われてハァ? ってなったよ。で仕方なく似たようなのを買って帰ったらそれからさらにあり得ないことになって──」
車線変更に差し掛かり脩一はいったん言葉を止めた。
京太は"一度だけ"にしろ脩一が妙な体験をしたという意外さに驚きながらも先が聞きたい気持ちが強まり話の続きを待った。
「家に入って先に帰ってた妹にスーパーの変貌ぶりを話したんだよ。そしたら何て言ったと思う?」
「え? どうだろう・・・・変わってないよ、とか?」
「まさにそれ。『何言ってんの? さっき行ったけどぜんぜん変わってないじゃん』って。いやいや、何言ってんの? はこっちのセリフだよ、ってちょっとモメたんだよ。妹はずっと前からのまんまだって言い張るし俺は見てきたままを言ってるし。で埒が明かないから確かめに行くことにした。その日の夜は塾が20時半までだったから帰りにね、22時まで営業してるスーパーだし。で、結果──」
「どうだったんだ?」
話に引き込まれていた京太が急かすように聞く。
すると脩一は小さく首を振り、ひと言、「
敗北」と言った。
「敗北? ってことは──」
「そう、妹の勝ち。つまり元のまま、昔から勝手知ったる店内のままだった」
「えっ!? そんな・・・・じゃ、牛乳は? いつもの銘柄のはあったのか?」
「ああ、ちゃんとあった。ついでに仕方なく買っていった別のメーカーのも売ってた。たぶん同じのばかりをずっと買ってたから並んでいても目に入らなかったんだろうね」
「ということは学校帰りに寄った時の牛乳売り場にはその"いつもの"だけが無かったってことか・・・・」
「そういうことだな」
「何なんだよ、それ。つまりお前の仮説的に考えればその一瞬だけ隣だか何だかの並行世界に──」
「ズレたんだよ、たぶん」
「ズレ、た・・・・」
「ああ。そうとしか考えられない。実際に牛乳と卵を買ってるから幻覚でないことは確かだし」
「なるほど・・・・」
「けど実はすっかり忘れてたんだ、お前の話を聞くまでは。不気味すぎて無意識に記憶の底に封印してた、って言う方が正しいかもしれない」
「そうか・・・・でもそれだけか? そのスーパーの件以外は何も変わったことは無かったのか? 俺のような風景の変化や人間関係の変化とか──」
「それはまったく無い。スーパーもそれ以降はずっと元のまま。本当に瞬間的なあの変化だけだったよ、俺の場合は」
「そうなのか・・・・本当にその一度だけだったのか・・・・」
「そう、後にも先にも一度だけ。それからは奇妙なことは起きていない。だから今まで忘れていられたんだろうな」
「・・・・」
妙なガッカリ感が京太を凹ませた。
たった一回ほんの短時間だけ"ズレた"脩一のケースと自分の現在とは似て非なる、事の重大さにかなり開きがある、と。
「そうだその時、スーパーに入る直前はどうだったんだ? 目眩は? あったのか?」
「いや、あの時は目眩はしなかったと思う──」
「じゃ、前触れは何も?」
「前触れか・・・・あ、そうだ、思い出した。耳鳴りだ、いきなり耳鳴りがしたんだった」
「耳鳴り?」
「そうそう、そうだった。キーーンてかなり大きかったよ、確か。なるほどあれがズレた瞬間だったんだな」
脩一は当時の少年の自分の姿を思い浮かべ、ハッとした表情で言った。
その様子に京太の中にある疑問が浮かんだ。
「ズレた瞬間・・・・なあ、夜にもう一度スーパーに行ってみたら元に戻ってたんだよな? その時はどうだったんだ? また耳鳴りはしたのか?」
「いや・・・・しなかったな」
「しなかった? ならどうして戻れたんだ?」
「確かにそうだな、何でだろう? 考えてみれば不思議だな」
「不思議だな、って・・・・そこ一番大事なんだよ。ズレる瞬間があるなら元に戻る瞬間もあるはずなんだ」
先に対する不安感から京太の語気が自然と強くなった。
が、脩一が返した次の言葉はさらに不安を増大させるものだった。
「人為的にどうにか出来る現象じゃないからねぇ、見当もつかないよ」
見放された──そんな被害妄想が京太の中に沸き上がった。
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