[仮説]
今から10年ほど前、京太が高校生の頃。
叔母の高恵は離婚を機に現在の家に引っ越しをした。
「
転居直後に嬉しそうに電話をしてきた明るい声を京太は思い出していた。
当時の自宅は県の東南地域にあり叔母の家までは電車とバスで2時間近くはかかるため高校の学業とバイトの両立で多忙な中すぐには行けず、大学入学前になってようやく訪ねたことがある。
母親は既に病気で他界しており、叔母ともそう近しい間柄ではなかったが、進学の報告も兼ねて出掛けてみようと思ったのだ。
そして、確かに"そこ"はあった。見た。
【大馬木池】
春の光を受けた
***
「無いな」
「ああ・・・・無い」
久しぶりに訪れた地。
叔母宅に近い場所。
そこには火具吏山があり、大馬木池は無い。
圧倒的事実。
記憶のどこをほじくり返しても覚えの無い風景、丘陵と開発予定地の大型看板を前に京太はもはや完全に思考停止状態に陥っていた。
「そもそも県内に池と名の付く場所があるのは北東の○○市だけだからな、この辺りにあるはずが無いんだよ」
脩一の言葉が容赦なく聞こえ、京太はさらに表情を失った。
一昨日の晩の叔母との電話──『それ、どこにあるの?』──のあと、どうしても信じられず地図アプリで確認をしてみたが池の存在は該当エリアであるはずのどこにも無かった。
その時点で受けた衝撃は強大。
が、それでも現地で確認の末、1ミリも動かせない事実を目の当たりにした時の衝撃はそれを上回り人生を根底から揺さぶるほどの破壊力があった。
「
京太の茫然自失ぶりを見て脩一が言う。
「何だか・・・・」
「ん?」
「悪夢の中にいるみたいだよ・・・・」
もはや魂が抜けたような虚ろな目で声を絞り出すように京太が言う。
「悪夢か・・・・お前にとってはそうだろうな。俺が逆の立場でもたぶんそんな感覚になると思うよ」
わかるよ、といった風に脩一が京太の背中に手を添えた。
「なあ、これでここの現実がハッキリした以上、例の仮説を話したいんだが・・・・いいか?」
「・・・・」
問われて無言で頷く京太。
「よし、車に戻ろう。いつまでもここにいても仕方ない。車中で話すよ」
「・・・・」
無言のまま、再び京太は頷いた。
***
「コーヒー飲むか? 買ってこようか?」
車をしばらく走らせたあと、前方のコンビニの看板を見て脩一が言った。
「いや・・・・いい」
「そうか? ならそろそろ話すわ。まあかなり荒唐無稽な仮説だけどな、といってもすでにお前の状況自体が荒唐無稽だからとりあえず聞いてくれ」
「わかった」
常に冷静な言動をする脩一の立てた仮説がどんなものなのか聞くだけのことはあるかもしれない、と、京太は思った。
自分の今の状況が異常ということはもう認めざるを得ない。
けれど何か、何らかの考察や推理は示されたい、出来れば納得のいくような説明がほしい──京太は固唾をのみ、脩一の言葉を待った。
「まず、仮説の結論的なことから先に言うが──」
「・・・・」
「お前が今いるこの世界は元の世界のひとつ隣かそれに近い近隣の、いわゆる並行世界の可能性がある。しかも高確率で」
「は? え? へ、並行世界!?」
「そうだ」
「なっ、ちょっと待ってくれ。そんなSFみたいな・・・・いや、冗談キツいよ、有り得ないだろ、そんな──」
「何言ってる。すでに有り得ない状況だろう? 一般常識的な説明は不可能な事態じゃないか。違うか?」
「い、いや、それは確かに・・・・」
並行世界。
その言葉と意味くらいは京太も知ってはいる。
それ系をテーマにした映画やドラマを観たこともある。
が、脩一の口から真面目にそれを語られるとは想像もしておらず、ましてや今の自分の状況をそれに当て嵌められるなど意外すぎて言葉にならない。
「もちろん100%の断定は出来ない。ただ、それ以外の筋の通った説明のしようが無いということもまた事実。一晩かけて色々な可能性を探ってみた上でその仮説が一番しっくり来たんだよ。荒唐無稽な話だというのは百も承知、でもそれなら一応の説明がつくってね」
ハンドルを握りながら脩一は淡々とした口調で言う。
「だ、だけど・・・・だとしたら何で・・・・何で俺がその隣の世界だかに移動したんだ? どうやってそんな──」
「キーワードは、
「め、目眩?」
「そう。一昨日、家に帰ったその玄関で一瞬グラッとしたって言ってただろう? たぶん、それ。その瞬間に移動したんだと思う」
「え・・・・」
まさか、そんなことがあるわけ・・・・と、否定をするだけの根拠は京太の脳裏に浮かばなかった。
むしろ、言われてみればあの一瞬の目眩のあとから現実がおかしくなった。
それは事実。
だとしても、並行世界という三次元ならざる話を丸々信じる気持ちにもなり切れず、京太は再び言葉を失った。
「まあ理解の斜め上すぎる仮説だとは俺自身も思わなくはないが、とりあえず話を最後まで聞いてくれ」
無言で頷く以外、京太は為すすべを無くしていた。
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