[現地]

「なるほど」


 脩一が腕組みをしながら真剣な顔つきで頷く。

 取引先への新提案の営業を終えての帰路、休憩と称して入った喫茶店で二人は向き合っていた。

 すべての仕事がそうではないが案件によってはコンビを組むことがあり、今回はそのケースで共に外に出ている。


「お前はその叔母さんが池の近くに住んでいる認識、が、叔母さんの現状の環境にはその池の存在は無い、むしろそれはどこにあるのか?と。うーん・・・・なあ、これからちょっと行ってみないか?」

「え?」

火具吏山ビグリヤマ方面。その場に行ってニュータウン予定地の記念写真の看板を実際に見れば何か記憶が蘇るかもしれない。それにそのナントカって池の件、本当に無いのかあるのか行けばハッキリする。今の時間帯なら車で30分もかからない。どうだ?」


 脩一の申し出が今の自分の状況─謎─に対して有益であろうことは京太にも理解が出来た。

 ただ、記憶と違う、まったく異なる見たこともない風景を目の当たりにする予測への恐怖感も否応なしに沸いてくる。


「怖いか?」

「まあ・・・・正直」

「だろうな、わかるよ。ただ、昨日あれから色々と調べてみて辿り着いた仮説が実はあるんだ。それを話す前にわかり易い点からまずは確認していきたいというのが俺の本音でもある。つまり現地に山があるのか無いのか、俺の知ってる風景とお前の知ってる風景との相違が明確に決定的であれば立てた仮説があながち外れでもなくなる。そうなれば対策や対応を考えることも出来るようになる。つまり事態を先に進めることが可能になると思うんだよ。わかるかな?」


 脩一が淀みなく話す内容は確かに筋が通っている、と、京太は思った。

 恐怖心がすっかり失せた訳ではなかったが。


「わかった、行ってみるよ。うだうだしてても仕方ないしな」


 仕方なくにせよ、とりあえず覚悟を決めた京太はそう言って顔を上げた。


「そうそう。まずは行動だ」

「けど、帰社が遅れるのは大丈夫か? 部長への報告の方は」


 大した距離ではないにせよ、小一時間を要する"寄り道"が部長にいぶかしがられるのではないか? と京太は懸念した。


「それなら大丈夫だ。営業先の帰路に2,3クライアントの挨拶回りをしてたとか何とか、まあその辺は任せろ」

「なるほど。まあ成績優秀なお前の言うことを部長が疑うはずもないか」

「まあな。さ、行くぞ」

「ああ」


 二人は社用車を停めたパーキングへと足早に向かった。


***


「この辺りはどうだ? 風景に変わったところはないか?」


 走り出して20分ほど経った頃、そろそろ県境の県西地域へと近付きハンドルを握る脩一が言った。


「いや、特には・・・・」

「そうか。もう少し──あ、ほら、歩道橋に標識に出てるぞ」

「え?」


 言われて前方の歩道橋に目をやると、そこにハッキリと示された文字があった。


     【火具吏山方面⇒】


「!」


 紛れもなく存在するあかし、疑いようのない事実。

 公的な標識の"現実"が京太を再び打ちのめした。

 次第に高まる動悸。


「やっぱり本当にあるんだな・・・・あるんだな・・・・」

「大丈夫か?」


 京太の心情を察し、脩一が声を掛ける。


「ああ、何とか・・・・けど標識のインパクトはけっこうキツい」

「そうか。まあ現地を見る前に断定されたからな。けど火具吏山を目にしたところで気持ちの衝撃はあるだろうが命取られる訳じゃないしな、そこそこ気楽に行こう。俺が付いてる」

「・・・・うん」


 いかにも覇気のない声を返し、京太は車窓の風景をぼんやり眺めた。


***


「な、何だ・・・・こ、こんな・・・・こんな所に来たことなんか・・・・」


 呆然と立ちすくむ京太。

 目前に広がる自然──火具吏山ビグリヤマという名の丘陵。

 そして、開発プロジェクトのニュータウン予定地と銘打つ看板。


 何もかも──何もかもが京太の過ごしてきた"現実"には存在しなかった、有り得ない事象。


「これが俺にとっての現実、何度も来て見知った普通の風景だよ」

「・・・・」


 脩一の言葉に何か返す気力は京太の中に残っていなかった。

 ただ、膝から崩れ落ちそうな動揺をギリギリ抑え込むのが精一杯だった。

  

 


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