[愕然]

「なあ、今夜はとりあえずこの件、俺に持ち帰らせてくれないか?」


 あまりに尋常ならざる動揺を見せる京太に対し、脩一が静かに言う。


「持ち・・・・帰る?」


 目に明らかに怯えを浮かべながら上目遣いに京太がかすれた声を出す。


「ああ。今のこの段階でお前の話を『それはこういうことだ』と断定することは出来ないが、ちょっと調べてみたい可能性は思い浮かんでる。だから今夜はここまでにして明日また話そう。で、お前は帰ってから家の中をあらためてチェックしてみてくれ。奥さんの見た目や様子も含めて。それで何か気付いた変化があれば明日また報告してくれ」

「そうか・・・・わかった」


 ぼんやりした表情で京太が頷く。


「とにかく落ち着けよ? 奇妙は奇妙だが冷静に考えて今のところ相違点は幾つか止まりだしほとんどはいつも通りなんだから。こうして話を共有した俺もいるんだし、な?」

「ああ、まあ何とか・・・・」

「よし。なら明日な」


 とりあえずお開きとなった。


***


「けっこう飲んだの? お茶漬けでも食べる?」

「いや、いらない。シャワーしてもう寝るよ」

「あら、そう。 ん?」


 佳之子が少し怪訝そうに京太を見た。


「何?」

「すっごい疲れた顔してる」

「え?」

「ほんと大丈夫? 風邪こじらせかけてるのかも」

「大丈夫だよ」

「そう? 無理はしないでよ? とりあえず今夜も薬飲んで寝てね」

「うん」


 さっきまで会っていた脩一とのやり取りでの衝撃─火具吏山ビグリヤマの件─と動揺がかなり脳内を混乱させ、げっそりとした顔になっているのかもしれない──そう思いながら京太は緩慢な動きでネクタイを外しスーツの上着を脱ぐと風呂場へと向かった。

 そして脱衣所の洗面台の鏡の前に立つ。


「酷いな・・・・」


 確かにやつれ病んだような顔になっている。

 どうしようもない、といった風に首を振り目を反らす。

 直視がキツい・・・・そんな感情だった。


***


「これは?」

「あ、それ届いてたの言うの忘れてた」


 シャワーを終えリビングに戻り冷蔵庫を開けた京太は見慣れない菓子を目にして言った。


「高恵さんからのお土産。北海道旅行ですって、いいわね。メッセージカードが入ってて──あ、これ」


 佳之子が壁掛けポケットからそれを出して京太に渡した。

 高恵は京太の母方の叔母である。


「あ!」


 その時、京太の脳裏にひらめくものがあった。

 叔母は県西の大馬木池おおまきいけという小振りな池の近くに住んでいる。

 脩一から聞かされた火具吏山の位置も県西の位置なら、叔母に聞けば何か自分の混乱を落ち着かせるような言葉が聞けるかもしれない──そう思った。

 願わくば『火具吏山? 何それ知らない』と言ってくれれば、という淡い期待も沸いてくる。


「御礼の電話するよ」

「え、今? 22時過ぎてるけど大丈夫?」

「うん、すぐ済むし。こういうのは早い方がいいから。それに前に叔母さんが寝るのはだいたい23時くらいだって言ってたし」

「そう? なら宜しく伝えておいて。私、お風呂入るから」

「ああ、うん」


***


「あ、叔母さん? 京太です」

『あら、久しぶりね、元気でやってる?』

「はい、お陰様で。あの、お土産わざわざ送ってくれてありがとう」 

『いえいえ、大した物じゃなくて悪いんだけど二人で食べてちょうだい』

「ありがとう。ところでちょっと聞きたいことがあって・・・・」

『あら、何かしら?』

「えーと・・・・火具吏山、のことで──」

『あー、大変よねぇ、まさかあんな事件がねぇ。うちも近いから気味が悪くって。それにニュータウン開発にケチがついたようでねぇ。京太ちゃんの会社も携わってるんでしょ? 大丈夫なの?』

「え・・・・ま、まあ」


 あるのか、やっぱり──京太の気分は一気に下降した。

 しかも何やら事件?

 山もその事件とやらも自分以外には周知のことなのか、と、京太は肩を落とした。


「あの、大馬木池はその・・・・火具吏山のすぐ側だったよね?」


 叔母の住居の近くに火具吏山が存在しているなら池はどうなっているのか?

 無理やり気を取り直し、その疑問をカマを掛けるような言い方で京太は尋ねた。

 が、電話の向こうの叔母から返ってきた言葉は京太のメンタルをさらに殴打し絶望の淵へと叩き落とすようなものだった。


大馬木おおまき? 池? 何それ、どこにあるの?』


 


 



 


 


 


 


 

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