[相違]

「それは確かにお前も奥さんも噛み合わなくて互いに気味が悪くなるよなぁ」


 京太の話を聞いた脩一が、なるほど、といった顔つきで言う。

 対面する相手のどんな話にも根気よく耳を傾ける姿勢が彼が営業成績トップたる由縁でもある。


「食べ物の好み、人間関係、地名、奥さんにとっての当たり前がお前にとってはすべて初耳で、しかも昨日の夜に突然・・・・。これ、悪気はまったくなく聞くんだけど──」

「何?」

「昨日の帰り道のどこかでコケて転倒したとか頭をぶつけたとか、そういうことは無かったのか? つまり衝撃で一時期に脳が混乱したとか、まずそういう可能性から考えてみたいんだけど」

「いや、それはまったく無いよ。駅から普通に歩いて帰っただけでどこにも寄らなかったし」

「そうか、それじゃその線は消えるか。あとは数日前から異様な頭痛があったとかは? つまり脳の何らかの疾患の前触れの可能性も考えてみるべきかもしれない」

「うーん、それも無いな。頭痛といってもほとんど起きない体質だし」

「なるほど。まあ口調もしっかりしてるし今のところそっちの可能性も消えるか」

「あ、ただ──」

「ただ? 何だ?」


 京太は帰宅後の玄関先でほんの一瞬、クラッと目眩がしたことを思い出し、それを口に出した。


「目眩か・・・・。中に入ろうとしたその瞬間だけなんだな?」

「ああ、すぐに治まった」

「・・・・」


 脩一は何やら考えを巡らせている様子で右手で頭頂部を軽くポンポンとしながらしばし無言になった。

 やがて京太を真っ直ぐに見据えると、再び口を開いた。


「家の中で変わった点は無かったのか? 例えば家具の位置とかカーテンの柄が違うとか、そういうのはどうだ?」

「え、いや・・・・特には」

「なら、奥さんの見た目は? 例えば髪型が変わってたとか」

「んー・・・・普段通りだったよ」

「そうか。あとは・・・・そうだ、会社は? 今日の社内に違和感は無かったか? デスクの並びが違うとか」


 矢継ぎ早な脩一の問い掛けに少し戸惑うところはあったが、京太は社内の様子を思い浮かべながら答えた。


「いや、別に。いつものままだった」

「そうか。すると今のところ生活全体のごく一部の違い止まりなわけだな。あ、あとはあれか、例のビグリヤマの件か」

「そう、それ。なあ、それって地名だろ? 車で近くを通ったって言ってたけどどこなんだ? 山なのか?」

「・・・・」


 ビールジョッキの取っ手に手を掛けた脩一の動きがピタリと止まった。

 

「本当に・・・・わからないのか?」

「あ、ああ」

「うーん・・・・」

「な、なんだよ、そんな深刻な顔するなよ、不安になるじゃないか」

「いや正直・・・・深刻だよ。だってそこ俺らの会社も一枚噛んでる開発予定地域だぜ? しかもお前も周辺地域の下見には行っただろう? 県西の県境にある標高280メートルの火具吏山ビグリヤマ。実際は山というより丘だけどウチの社から車で30分程度の位置だぜ?」

「!?」


 雷にでも打たれたような衝撃が京太を襲った。

 同時に内側から震えを伴う恐怖感が沸き上がってきた。


「し、知らない」

「え?」

「そ、そんな所、し、知らない」

 

 ガタガタと震えが全身に広がりかすれた声が漏れる。 


「おい、大丈夫か?」

「あ、あ、ありえないありえないありえない」

「おい、落ち着け」


 京太の尋常ならざるその様子に常に冷静な脩一にも少なからず動揺が伝染するが、おもむろにスマホを取り出すと操作をし、そして画面を京太に向けて差し出した。


「とにかく落ち着いてとりあえずこれを見てみろ。ちゃんとお前が居るだろ?」


【県西開発プロジェクト 火具吏タウン予定地】


 大型の立看板を背ににこやかな表情で並んで写る数人の男女。

 その画像を食い入るように見る京太。


「う、嘘だ・・・・」


 手から滑り落ちるスマホ。


 画像の中、確かに"自分"がいた。

 いかにもやる気に満ちた快活な表情を浮かべながら脩一の隣に立っていた。

 

 


 



 

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