[動揺]

「気分はどう?」


 ぼんやりとした意識に佳之子の声が届く。

 

「ん・・・・まあまあ。薬が効いたかも」

「なら良かった。とりあえず会社は? 行けそう?」

「ああ」

「じゃ、朝食を用意するわ」

「うん・・・・」


 ゆっくりと身を起こし時計を見る。

 7時5分。

 設定してあるベルが鳴るまであと5分ある。

 京太は思い切り伸びをした。


***


「はい。クルトンは乗せてないからどうぞ」

「え、あ・・・・ありがとう」


 ベーコンエッグとトースト、そしてレタスとオニオンのサラダ。

 確かにクルトンは乗っていない。


「確認なんだけど」

「ん?」

「今後いっさい買わないでいいのね? 絶対にいらないのよね?」

「?」

「クルトン」


 佳之子の口調には昨夜のことをまだ根に持っていそうな含みを感じさせる。


「あ、うん、いらないよ」

「そ、わかった。それにしても──」

「何?」

「昨日は何だか気味が悪かったわよ、言ってることが色々と。クルトンもそうだけどマナザキさんを詐欺師呼ばわりとか。ほんと大丈夫?」

「え? いやまあ・・・・大丈夫」

「ならいいけど」


 いや実は大丈夫じゃない、マナザキって誰なんだ? 彼が言ってたもうひとりの人物も何者だ?・・・・は目覚めてもまったく解決していない──京太は一気に陰鬱な気分に陥った。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 在宅でイラストの仕事をしている佳之子に見送られ、京太は重い足取りで家を出た。


***


「どうした? 顔色よくないな、風邪でも引いたか?」


 営業の同期、常に成績トップの山際脩一やまぎわしゅういちが京太に声を掛けた。


「ああ・・・・まあちょっと」

「そうか、無理はするなよ? 今夜あたり飲みに誘おうと思ったけどならまたにするわ、体調管理は大事だし──」

「いや、行くよ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと? 俺に?」

「まあ・・・・確認したいことというか──」

「んー、なら行くか。けどくれぐれも無理はするなよ?」

「ああ、うん」


(こいつなら何かわかるかも・・・・)


 とりあえず京太は『今夜は少し遅くなる』旨を佳之子にLINEすべくスマホを開いた。


***


「生ビールの大に数の子の胡麻和え、唐揚げと半チャーハン、あとそうだな最近ちょっと野菜不足だからシーザーサラダでも食っておくか」

(!)


 サラダ、という言葉に京太の神経がピクリとする。


「お前は?」

「そうだな・・・・俺も生ビールの大にバターコーン、あとは揚げシュウマイに海老ピラフで」

「オッケー」


 注文を済ませすぐにビールが運ばれてくると脩一は大ジョッキ半分まで一気に飲み、いかにも満足そうな顔をした。


「旨いねぇ、最高。で?」

「え?」

「何か聞きたいことがあるんだろ?」


 脩一が京太を真っ直ぐに見て言う。

 新卒で同期入社以来、二人は妙にウマが合い裏表なく付き合っている同僚であり友人だ。

 

「ああ、うん」

「仕事のことか?」

「いや、そうじゃなくて・・・・」

「何だよ、何でも言いなよ」

「あのさ・・・・ビグリヤマ、って知ってるか?」

「えっ?」


 一瞬、脩一がスッと真顔になり、京太を凝視する。


「お前、マジ?」

「マジ・・・・だけど」

「半月くらい前もその話で持ちきりだったじゃないか。俺らも車で近くを通ったりしたしさ」

「は? え?」

「は? ってお前・・・・大丈夫か?」

「・・・・」

「おいっ」

「その・・・・そこって──」


 その時、注文の品が次々と運ばれ会話は一時中断をした。

 その品々の中、シーザーサラダに京太の目が留まる。

 クルトンが──ある。


「とりあえず食べるか。お前もサラダ食うだろ?」


 そう言って脩一はシーザーサラダの上部をすくい、注文時に頼んだ取分け皿にサッと乗せ京太の前に置いた。


「好きだろ? クルトン。全部やるよ」

「ひっ」


 思わず口から引いた声が漏れ、京太は皿を押し返した。


「なっ、何だよ、お前おかしいぞ? ほんとどうした? なあ」

「い、いや、ク、クルトン嫌いなの知ってるよな? いつもよけて──」

「はああ? 嫌い? いや好きだろ、いつも真っ先に乗ってるところをかっさらうしクルトン無しじゃサラダ失格とかさぁ──」

「や、やめ、やめてくれ」

「何なんだよ、ちょっと落ち着け。ならとりあえず食わないなら食わないでいいからさ、話があるんだろ? 聞くから、な? いったんクールダウンしろ。ほら飲んで」


 促されるまま京太はビールジョッキを口に運びゴクゴク喉に流し込んだ。


(こいつも佳之子と同じ・・・・同じじゃないか!)


 脳内に一気に渦巻く恐怖心。

 叫び出しそうな衝動を精一杯おさえ、さらに残りのビールを飲み干した。


 しかし、混乱が味覚をも乱し、旨い、という感覚すら感じられなくなっていた。



 


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